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菅田将暉『自分を受け止めて…19歳の夏の僕にしかできない役』

芥川賞受賞作である原作が描き出す、濃密かつ深遠な人間関係、登場人物たちが生きる世界の独特な色合いをそのまま映像化した衝撃作『共喰い』。すでに今年No.1との呼び声も高い同作で、今までにない顔をみせた主演の菅田将暉が、自身にとって大きな意味のある作品になったと熱量高く語る――。

答えが見つかった気がした

──ロカルノ映画祭にて「YOUTH JURY AWARD 最優秀作品賞」と「ボッカリーノ賞最優秀監督賞」をダブル受賞、おめでとうございます。映画祭に参加した感想から聞かせてください。
菅田すごく、楽しかったです。僕にとって海外に行くということ自体あまりないことなので。しかも仕事で、自分の主演した映画をもって海外を訪れるというのはなかなか経験できないことですよね。今回は、現地までひとりで行ったんです。僕だけ仕事の都合で大阪から飛行機に乗ったので、焦りました(笑)。飛行機の出発は遅れるは、乗り換えの飛行機に間に合わないは……だったけれど、それも含めていい経験でしたし、外国で、僕を知らない人たちが純粋にエンターテインメントとして映画を楽しみに観に来てくれることが嬉しくて。彼らの言葉はグッときました。

──具体的にどんな言葉にグッときたんでしょう?
菅田ちょうど僕らが映画祭を訪れた日が(終戦日の翌日)8月16日だったんです。映画のなかでは、戦争で片腕を失った母親(田中裕子)がいて、昭和から平成になるストーリーもあるので、その辺の時代背景についての質問がありました。それに答えている監督の言葉を聞いて「そういうことなのか!」と、発見があったり。“知ることができた”というのは僕にとっては大きかったです。

──そういう意味でも、この『共喰い』は菅田さんにとって意味のある作品だったんですね。
菅田確実に転機となる作品になりました。これまでにも何度も撮影現場は経験しているけれど、監督を含めた演出部、録音部、照明部、衣装部、美術部……そして、俳優部があって、みんなでひとつの作品を作っているんですよね。僕、今回の現場で“俳優部”という言葉を知ったんです。現場では、ワンカットのためにたくさんの大人が全力で楽しんでいて、用意されたその現場に入ることにものすごく緊張したけれど、それでも楽しかった。映画の現場は、時間が限られていてスタッフの方は寝られなかったりして大変なことが多い。けれど、それでも映画をつくり続けている。その続けたくなる答えが見つかった気がしたんです。しかも、今回は地方ロケだったこともあって、同じホテルに泊まって、朝食を一緒に食べて、撮影終わりもご飯を一緒に食べて、そうやって過ごした日々でした。コミュニケーションのとり方が密接だったからこそ、より気づくことが多かったのかもしれないです。

──気づきがあったことによって、演技にも変化はありましたか?
菅田自分に求められているのは、演技の上手い下手ではないんだろうな、とは思っていたんです。たとえば、琴子さんが作ってくれたステーキを食べているシーンがあって、そのシーンについて監督が「肉っていうのは左側から切って食べるもんなんだ」って、撮影も終わり、試写も終わった、打ち上げのときになっておっしゃったんです。皿の洗い方や服の脱ぎ方も「あれは本当はこうやるもんだ」って(苦笑)。でも、そうやって僕が無意識でやっていたことが遠馬という役を通してスクリーンに映し出してもらったと思うと、なんだか嬉しくて。役として現場で“生きる”ことは俳優として当たり前のことではあるんですが、その当たり前を最大限にしていかなくちゃならないなって思ったんです。

当たり前を最大限にしていかなくてはならない

──それも今までにはなかった気づきですか?
菅田そうですね。考えたことはなかったです。これまでは、どういうシーンなのかを把握して、現場に入る前に役作りをして、現場で監督や共演者から得たものをプラスしていたけれど、今回は、現場での対応力を引き出してもらった気がします。というのも、青山監督が現場に行くまで「ノープランだ」って言っていたので、現場に行って、動いてみて、現場で生まれるものを感じ取れたというか、知ったというか──。ロカルノ映画祭に行ったときに「青山監督はどんな演出をするのか?」って聞かれて、監督が「俺らふたりで楽しくやっていただけだよな」っておっしゃたんです。その言葉が、なんだかすごく嬉しかった。もちろん、現場では監督も僕も感情的になるし、監督のことを恐いと感じたこともあるけれど、ふり返るとやっぱり楽しくて。遠馬が家に帰ってきて、部屋から台所に水を飲みに行くという何気ないシーンのテストのとき、帰ってきたらふつうは扇風機をつけるよなと思って、それを監督に言おうと思ったら、同じタイミングで「扇風機……」ってお互い口にしたことがありました。それは、監督が思い描いている遠馬の生活のリズムと僕が現場で生きてきた遠馬のリズムが重なっていたということで、それってすごいし嬉しいことなんです。扇風機をつけるというささいなことだけど、僕にとっては大きなことでした。

──なるほど。ということは、いわゆる濡れ場といわれるシーンも菅田さんにとっては大変というよりもきっと学びの場。抵抗はなかったと受け取っていいですか?
菅田はい。もちろん緊張はしたし、琴子さんとのシーンのときは、汗がたら〜と垂れたりしましたけど、それはイコール遠馬の緊張でもあったんですよね。いつもは、完成した映画を観て「もっとこうすればよかったなぁ」とか、いろいろ思うことがたくさんあるんです。今回の『共喰い』のセリフもぎこちないところがあったけれど、19歳の夏のあの頃の僕にしかできない遠馬なんだろうなって、そう素直に受け止めることができたんですよね。いままでは反省ばかりだったのに……。僕ってヘタクソだなぁって思いつつ、受け止めて映画を観ることができた。過去の自分を受け入れられたというか、少し大人になった気がしました。

──やはり『共喰い』は菅田さんにとっての転機作、本当にいい作品と出会うことができたんですね。
菅田そう思います。マネージャーさんから「こういうオーディションがあるよ」って原作本を渡されたのが入口でした。「(濡れ場をふくめた)挑戦になるシーンもあるけど、どうする?」と聞かれたんですよね。どんな役も挑戦してみたいと思っていたので、僕としては、このシーンがあるからどうとかっていうのはなかったんです。というよりも、原作を読んでこの役を「やりたい」って強く思った。脚本を読んで「やりたい」って思うことはこれまでにもあったけれど、原作を読んでやりたいと思ってオーディションを受けたのは初めてだったんです。そして、この映画を「いい」って言ってくれる方と出会うたびに、あのとき「やってみたい!」と思った自分の感性を貫いて良かったなって、そう思います。
(文:新谷里映/撮り下ろし写真:鈴木一なり)

映画情報:『共喰い』

 昭和63年の夏、山口県下関市。川辺と呼ばれる地域に篠垣遠馬(菅田将暉)は住んでいた。産みの母、仁子(田中裕子)は川一本隔てた魚屋で一人暮らしをしている。戦争中、空襲に遭い、左腕の手首から先を失った仁子は、戦争が終わってから数年後、父の円(光石研)と出会い結婚した。その時、彼女は知らなかった、円がセックスの時、女を殴りつける癖があることを。遠馬が生まれてから、仁子は籍を抜かぬまま、遠馬を家に残して魚屋に移り住んだ。

 17歳の誕生日を迎えたその日、遠馬は千種(木下美咲)と社の神輿蔵の中でセックスした。父と同じように性に溺れる自分を嘆く遠馬。「馬あ君は殴ったりせんやん」「殴ってから気がついても遅いやろうがっちゃ」

 いま円と遠馬と一緒に住んでいるのは琴子(篠原友希子)だ。飲み屋街の店に勤める琴子は、円に殴られ、よく頬や目の周りに痣を作っていた。 ある日、琴子は遠馬に赤ちゃんができたことを報告する。 「馬あ君は承知してくれるかいねえ」「なんでそんなこと俺に訊かんといけんの?」 遠馬は家を飛び出すと千種を神輿蔵へ呼びつけ、千種を押し倒す。

 祭の前日、大雨の中を琴子は出ていった。家へ戻って来た父に、遠馬は琴子がもう家へ戻らないことを教える。「わしの子、持ち逃げしやがってから!」下駄を履き、琴子を探しに飛び出した円は、遠馬を待つ千種がいる神輿蔵へと向かっていく――。

監督:青山真治
出演者:菅田将暉 木下美咲 篠原友希子 光石研田中裕子
【公式サイト】
2013年9月7日(土)新宿ピカデリーほか全国ロードショー
(C)田中慎弥/集英社・2013 『共喰い』製作委員会

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主な出演作品などPROFILE詳細
映画『共喰い』公式サイト

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