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富野由悠季が語る『ガンダム』のリアルを生んだ“高畑勲イズム” 「高畑さんは僕にとっても師匠」

 日本のアニメーション文化を黎明期からけん引してきた故・高畑勲さん。1968年に『太陽の王子 ホルスの大冒険』で劇場用長編アニメを初監督以降、『アルプスの少女ハイジ』(1974年)、『母をたずねて三千里』(1976年)などのテレビシリーズを手掛け、その後のスタジオ・ジブリで『火垂るの墓』(1988年)『かぐや姫の物語』(2013年)などを発表。世界のアニメクリエイターたちの指針ともなったリアリズムに徹した演出論、表現描写は、宮崎駿監督の“作家性”に多大な影響を与えたことでも知られる。今回、『ハイジ』などで共に仕事をした経験を持ち、アニメ監督として同時代を生きる「ガンダムの生みの親」である富野由悠季氏に、高畑監督の功績を聞いた。

破綻していた『ハイジ』の制作スケジュール 「高畑さんたちは1ヶ月半の作業を10日でこなした」

  • 高畑さんとのエピソードを語る、『ガンダム』生みの親・富野由悠季監督

    高畑さんとのエピソードを語る、『ガンダム』生みの親・富野由悠季監督

 富野氏は、高畑さんが監督を務めた世界名作劇場で、『アルプスの少女ハイジ』(全52話/18本)、『母をたずねて三千里』(全52話/22本)、『赤毛のアン』(全50話/5本※『機動戦士ガンダム』の放送のため中盤から不参加)の絵コンテを担当。上記は、高畑勲(監督)、宮崎駿(レイアウトなど)、富野由悠季(絵コンテ)という日本を代表するアニメ監督が邂逅した作品という点で、日本のアニメ史においてエポックメイキングとなっている。

 ただし、当時について富野氏は、「自分の仕事はあくまで下請けとしてコンテを書いて渡すだけで、現場には入っていなかった。だから、一緒に仕事をしたとは言えません。でも、関与していないかというと、やっぱり関与していたんでしょう」と述懐する。

 そして「『ハイジ』はコンテの内容が認められたからやってたわけじゃないんです。スケジュールを守ったからです』と苦笑。「当時のスケジュールはなまじなものじゃなかったのよね。ある時、発注を受けた際に『このコンテの納期は?』『三日後』というやりとりがあって、それで恐る恐る『オンエアはいつですか』と高畑さんに聞いたら『再来週かな』と返されて…(笑)」と、通常は最低でも1ヶ月半はかかる作業を10日でこなしていた当時の過酷な状況を明かした。

 「だから、僕に求められていたのはあくまでベースとなるコンテの“早書き”だったんです」と富野氏。とは言え、高畑さんが監督をした世界名作劇場シリーズにおいて、もっとも多くの絵コンテをこなしたのは富野氏であった。総尺数の計算間違いで高畑さんに叱られた経験もある中、この過酷な制作現場でコンテを求められ続けたのは、高畑さんにスピードとクオリティの両面で信頼されていた証であろう。

「子どもの理解力を舐めるなよ」 富野由悠季に影響を与えた“高畑演出”の意図

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 そんな富野氏に、高畑さんの演出と他の演出家との違いを訊ねると、「こういう話をすると、ついパクさんって呼び方になっちゃうけど」と、パンをパクパク食べる姿からつけられた高畑さんの愛称を口にしながら、明確な答えをくれた。

「対象への理解が正確でなければならない、ということを追求してきた監督が高畑勲です」

 「名作劇場シリーズの打ち合わせで、一人のキャラが400字詰めの原稿用紙2枚分喋るシーンがありました。ロボットものならワンカット5秒でも長いのに、何人かが焚き火しながら話しているだけのワンカットに1分以上もある。だから『このシナリオの通りで切っていいんですか? 長すぎるから整理したいんですけど』と高畑さんに聞くと、『駄目ですよ。だってシナリオはそう書いてあるから。もしかしてセリフわからない?』『いや、分かりますよ』『あなたがわかったなら、それでいいじゃない』と。理由を聞いても『子供は分かれば見る』としか説明してくれませんでした。そんなコンテは楽でいいですよ、でも子どもがこれを見てられるの? と疑問に思っていました」(富野氏)

 だが、それは言ってしまえば「子どもの理解力を舐めるなよ」という話でもある。それを高畑さんに教えられたと富野氏は振り返る。「つまり、1分耐えられるセリフやストーリーが作れるのか、それがアニメの勝負だと教えられたんです。それに気づいたのはその仕事の20年後ですが、逆にいうと、高畑勲という人はずっとその方法論でやってきた方なのです。そういった意味でも、僕は高畑さんの“影響下”で仕事をしていた」と、“高畑イズム”の影響を富野氏は語った。

 「理念やメッセージをどうやってアニメのリアリズムに落とし込むかという方法論を考え抜いた結果、高畑さんがその後の映画で行っていたことは理解できる」と富野氏はいう。ただ、「一般的に高畑さんを映画監督として見る向きがあります。でも僕は、ファン目線じゃなく制作者の一員として見た時、世界名作劇場の監督としての高畑さんを評価しています」と胸の内を明かす。

高畑勲を慕い続けた宮崎駿の“片思い” 「高畑さんがいなければ“監督”宮崎駿は生まれなかった」

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 スタジオ・ジブリを支えた高畑、宮崎両監督だが、この二人は映画『天空の城ラピュタ』(1986年)以後、一緒に仕事をしていない。それについて富野氏はこう言った。

「世情的には、『ラピュタ』以後の二人が袂を分かったという声も聞きますが、全くそんなことはありません。高畑さんの訃報の後、改めてお二人の関係性を考えて結論が出ました。高畑さんがいなければ、宮崎駿という“映画監督”は生まれませんでした!」と語調を強めた。

 「宮崎さんも、高畑さんについて『僕が読めない本を読んでる』と言っていました。そういう部分を容認するのか、乗り越えるのか、どうやったら高畑さんを黙らせられるのか、それを絶えず考えていた結果が、宮崎アニメだと思っています」(富野氏)

 そして、高畑作品の土壌があって、そのフィールドの中からなんとか抜け出そうとしたのが宮崎監督の作品だとも。「世間は宮崎さんがアカデミー賞を取ったこと(2002年、『千と千尋の神隠し』がアカデミー賞長編アニメ賞を受賞)から、高畑より宮崎の方が上、なんて気分があるのかもしれません。でも、高畑さんがいなければ、宮崎さんはアカデミー賞を取れなかったと断言できます」と強調する。

 実際、映画監督としてライバル関係と見られながらも、高畑さんのことを宮崎氏が慕い続けていたと、ジブリの元プロデューサーの鈴木敏夫氏は語っている。鈴木氏によれば、宮崎氏は『となりのトトロ』の監督を正式に高畑さんに依頼していたのだという。また、高畑さんの遺作となった『かぐや姫の物語』の制作中、高畑さんの仕事を宮崎氏が隠れて見ていたというエピソードも語っている。

 “ファンタジーの宮崎、リアリティの高畑”という作家性の違いによって、作品上では交わることがなくなった二人。しかし宮崎氏は、常に高畑さんと一緒に仕事をしたいと考えていたようだ。つまり、宮崎氏のモチベーションは常に「高畑勲に認めてもらう」ためであったが、一方で、高畑さんの影響下から抜け出したい…「そんなブレる想いを宮崎作品からは見てとれると思います」(富野氏)

高畑勲の影響で“文化論”を意識 「ただのSF好きの僕がガンダムを作れるはずがない」

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 自身と高畑さんとの関係については、「そこまで深い付き合いではなかった」と話す富野氏だが、これまでの仕事を振り返った時に、その影響が間違いなくあったことを自覚するという。

 「街の風景、街灯がそこに立っている意味、つまりは物事の形が持っている意味は、なんとなくではありません。“それを意識する・考える”ということを高畑さんに教えられました。何より、ガンダム以降、僕は作品作りにおいてハッキリとそういう気を付け方をするようになったんです。これは高畑さんの影響だと認めざるをえません」(富野氏)

 SFモノ、巨大ロボットものをやっている目線だけでは、アニメにおいて“文化論”を意識するところまでは絶対にいけなかったと富野氏はいう。「高畑さん、宮崎さん、鈴木さんには嫌がられるかもしれないけど、僕にとってもパクさんは『師匠』だったんです。でなければ、ただの宇宙モノ好きの僕が、ガンダム以降の作品を作れるはずがないよね」と高畑さんに対する想いを告白すると共に、「今回、これだけ明瞭な言葉を言えたのも、ここ1週間ずっと高畑さんのことを考えていたからです」と笑った。

 映画を作るには監督の作家性だけではなく、マンパワーの組み合わせが重要。それは宮崎駿にとってのスタジオ・ジブリであり、名プロデューサー・鈴木敏夫との関係がそれだ。一方で、その視点においては「高畑さんの評価が置いてけぼりにされている」と現状を嘆く富野氏。

 だが、これだけは間違いないと言える。それは、高畑さんが“宮崎駿”、“富野由悠季”両監督の作家性に多大な影響を与えた「師匠」であるということだ。この1点だけでも、高畑勲の才能と功績がいかに偉大なものであるかが分かるのではないだろうか。

(編集協力:林子傑)
◇【ガンダムの生みの親】富野由悠季監督インタビュー特集 →
◇富野由悠季 プロフィール
1941年、神奈川県生まれ。日本のアニメ監督、演出家、脚本家、作詞家、小説家。2019年に40周年を迎える『機動戦士ガンダム』の原作・総監督を務めたほか、『伝説巨神イデオン』『聖戦士ダンバイン』など数々の作品を手掛ける。現在は劇場版アニメ『ガンダム Gのレコンギスタ』を鋭意制作中。
◆【ガンプラビフォーアフター】毎週更新・トップモデラーインタビュー特集→

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