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脚本家・遊川和彦氏が語る今のドラマ事情 演出に口を出す“危険人物”の真意とは

無謀にも黒澤明さんを超えたいと思っていて(笑)

――映像面でもさまざまなこだわりがあったように思います。妻が離婚届を隠し持っていたことに落胆する陽平の心象風景として、ふつうの日本の街が砂嵐のようになっているシーンがありますが、枯れて球状になった草の塊がコロコロと陽平の背後を転がっていく。日本が舞台なのに(笑)。あれはやはり何かの映画のオマージュ?
遊川和彦僕は映画人なので、自分の好きな作品に影響されないわけがなくて。砂嵐のシーンは『ドクトル・ジバゴ』(1965年)のオマージュです。また、ディズニー映画では、悪役は必ず影から先行して、登場人物が影を覆って振り返るとそこに悪役が立っているというシーンが多いのですが、そういったオマージュも今作に入っています。原作の重松作品らしくないというのはそういう部分も含めてのこと。僕は“遊び”の部分が大事だと思っていて、どう退屈させないか、どう予想できない展開にするか。そういうものをいろいろ込めて作ったつもりです。

――コメディを書かれていても、そういった“知性”が感じられました。
遊川和彦ひとを笑わせるというのは、簡単そうに見えて、実は一番難しい。“笑い”は知性がないと理解できないというところがあります。極端な例で言えば、吉本新喜劇の「乳首ドリル」というギャグは、知らない人にはそのおもしろさがなかなか伝えられないんです(笑)。笑いというものは、もとになるものを知っているという前提で作られていく。だから、やっぱり名作には笑いが含まれていることが多いんです。
――監督としても“笑い”の部分を突き詰めていかれる?
遊川和彦僕は無謀にも黒澤明さんを超えたいと思っていて(笑)。やっぱり黒澤明さんに勝つには“笑い”しかないと常々思っていたんです。なに言っているんだって笑われてしまうかもしれませんが、“山”はまず登ろうとしないと始まりませんからね(笑)。

――ほか、監督として作品でこだわった部分を教えてください。
遊川和彦いかに観る人の心を揺さぶるか。例えば“ドン”こと克也(浦上晟周)の祖母・礼子を演じた富司純子さんには、完全なる悪役を演じてくださいとお願いしました。例えば『スター・ウォーズ』でも主人公のルーク・スカイウォーカーのことははっきりと覚えていなくても、ダース・ベーダーは誰もの記憶にしっかり残っている。ディズニー作品にも言えるのですが、やはり“悪役”などダークな部分がしっかりとあり、そこに抗って美しく話がまとまるからこそ、物語はおもしろくなります。また、陽平と同じ料理教室に通う主婦・真珠を演じた菅野美穂さんには、陽平とラブホテルに行くとき、「そのまま本当に関係を持ってしまうかのように、妖しく誘惑してくれ」とお願いしました。人生何が起こるか分からない、ある程度は予測できながらも、どうなるんだろうという興味を抱かせることを必死で考えなければいけない。それが“エンタテインメントする”ということだと僕は思っています。

テレビ局が今までの価値観が通用しないことに気付き始めた

――2016年10月期のドラマシーンが盛況で、エンタテインメントシーンにおける“ドラマ復権”とする声も上がっています。遊川さんは現在のドラマシーンをどう見ていらっしゃいますでしょうか?
遊川和彦今までの価値観で作品を作ってはいけないということにテレビ局が気付き始めた兆候として、『逃げるは恥だが役に立つ』が出来たような気がしています。昔だったら、(新垣結衣と星野源が演じた2人の男女の)関係性は成立しないが、今だったらリアリティがある。我々が望む望まないにかかわらず時代は進んでいき、人間の考え方も変わっていくんですけど、今はある種の飽和状態になっている。そこから脱却するには新たなキャラを創造するというチャレンジをしなければいけない。そんな時代に入っているような気がしますね。

――「恋ダンス」も流行りました。
遊川和彦あれはたまたま星野源さんの楽曲「恋」がすばらしくて。それにダンスがあり、作品にハマっていて、新垣さんが可愛く、何回見ても楽しかったから。二番煎じを狙うドラマが出てくるような気がしますけど、そこは本質的な問題ではないんですよ。『逃げ恥』は、今の若者が感じる不安や孤独をしっかり代弁したからおもしろいし、新鮮な感じが出た。作っている側から見ると、「してやられた」感があります。今の時代の人間は、どんな想いで生きているのかということを深く考えて掘り下げることが大切。どこかの局のようにかつての成功事例を追ってもしょうがないわけですよ(笑)。

――『逃げ恥』には、遊川さんをしても「してやられた」と思った?
遊川和彦そうですね。なんだかんだ言ってドラマ制作は、今まで見たことのないものを作ろうという意識がなければダメだと思うんです。『逃げ恥』にはそれがあって、見事に成功させた。『ドクターX』も高視聴率を取っていますが、続編をやるならば、今までにない『ドクターX』が観たいと僕は思ってしまいます。従来の方法論も正しいし、成功をなぞることも大切かもしれませんが、今の人間の悩みは何なのか、今の時代に訴えかけるべきものは何なのか、常に世の中の動きを考えながらメッセージ性を持った作品を作っていくことが、ドラマシーンの隆盛につながっていくと思います。

――芸人のバカリズムさんが2回目の連ドラ脚本を担当した『黒い十人の女』も評判になりました。異業種からの参入についてはどう捉えていますか?
遊川和彦『黒い十人の女』もおもしろかったですね。僕は作品がおもしろければ、誰が脚本を書いていようが関係ないと思っています。本職の脚本家の仕事が奪われていくとかよく言われますけど、そもそも連ドラの脚本を1クール10本分書くというのは本当にしんどいことなので、それをやってくれる方が増えるということ自体、ありがたいこと。ただ、役者などの方で腰掛け的にやるのはやめてもらいたいという思いもありますね。そういうイージーなところで結果を出そう、名前を売ろうというのは、観ている側もうんざりしていると思うので。仕事に命をかけているひと、または逃げ場所がないひとたちというのは覚悟が違います。そんなひとたちといいものを作っていきたいですし、そういったことから刺激を受けているようにも思います。
――そして、遊川さんも覚悟を持って監督をなされた。
遊川和彦「誰よりもいいものを作りたい」という気持ちだけは負けないと思ってやってきたものですから。その想いが伝わって監督をできることになったのも、諦めずにコツコツとやってきたおかげかもしれませんね。やはり人間、クサってはいけない。信念のもとに続けていけば、夢だったものが、ある日突然、現実のものとして目の前に現れいづることがあるんです。僕も30年越しの監督業への夢の実現に「ああ、なるほど。昔、母に言っていた夢がこのように叶うのか」と、喜びよりも感慨のほうが大きかった。人生はおもしろい。自分の想像できないような形で夢が叶うことがある。ぜひ皆さんも、どんなに辛くても仕事を積み重ねていってみてください。

――“危険人物”とも言われるほど熱い遊川さんの想いがつまった初監督作ですね。
遊川和彦今作に込めたテーマは「観るひとが優しい気持ちになってくれたら」。僕の作品だと、観終わったあとで嫌な気持ちになるんじゃないかと心配している方もいるかもしれませんけど、今回はそれはありません(笑)。夫婦で観てもケンカになることはありませんし、結婚を考えているひとが結婚生活に不安を感じるようなこともないはず。観ていただく方に、少しでも希望を持ってもらいたいと思って作りましたので、安心してご覧ください。
(文:衣輪晋一)

恋妻家 宮本(こいさいか みやもと)

 ひとり息子の正(入江甚儀)が結婚したことで、夫婦ふたりきりになった陽平(阿部寛)と美代子(天海祐希)。ある日、陽平は美代子が隠していた離婚届を見つけてしまう。

監督:遊川和彦
出演:阿部寛 天海祐希 菅野美穂 相武紗季 工藤阿須加
2017年1月28日(土)公開
(C)2017『恋妻家宮本』製作委員会
【公式サイト】(外部サイト)

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