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イケメン正統派俳優の“悪役”岐路
“ダーティーヒーロー”に世間が魅了される転機となったのが
「正統派の役柄をいくらでもオファーされる主演クラスのスターが“悪”や“ダーティー”な役柄を演じ、その魅力を世間に定着させたという意味での代表例は、おそらく映画『太陽を盗んだ男』(1979年)の沢田研二さんだと思います」と語るのは、エンタメ誌ライター。「そもそも悪にならざるを得なかった……堕ちざるを得なかった者たちの“心の弱さ”や“繊細さ”“哀しさ”など人間味が感じられる“悪役”は、アメリカンニューシネマの影響などで人気がありましたが、『悪魔のようなあいつ』(75年 TBS系)、『太陽を盗んだ男』での沢田さんの成功によって日本でも、正統派スターと悪役の垣根は格段に低くなったと言えます。これにより事務所側の姿勢も変わりました。“悪役”で評価を確立してスターを目指したり、新たに人気を獲得したりする道に光明がさしたのです」(同ライター)
演技力が問われる悪役挑戦は諸刃の剣でもある
その一方で、この流れとは逆のパターンで、悪役から注目されてお茶の間の人気を得た俳優たちもいる。映画『帝都物語』(1989年)で絶対悪・加藤保憲を演じた嶋田久作、脇役が完全に主役を食ったとも言える『ずっとあなたが好きだった』(1992年)の冬彦さん役の佐野史郎など。正統派ばかりが登場する物語に視聴者が飽きてきたこともあるだろうが、悪役が主要人物としてフィーチャーされる作品がヒットした。この時代の波を受けて、元々実力派だが改めて広く俳優としての存在を知らしめたり再ブレイクしたりした俳優は、石橋蓮司や岸部一徳、香川照之、遠藤憲一、木下ほうか、六平直政、でんでん、吉田鋼太郎と枚挙に暇がない。当然、彼らが悪役イメージで視聴者に忌み嫌われることもなく、演技派としての評価が確立されていく。
「美形が“悪役”を演じるのが人気というのは何も新しい現象ではありません。江戸後期には伝統芸能の歌舞伎で“色悪”という美形なのに“悪役”という敵役が成立して人気を博していますし、流行に流行り廃れがあるだけで、そもそも日本人はそのスタイルが好きだったんです。ただ“悪役”はイメージが強すぎる面もあります。今年放送された松岡茉優さんと桐谷健太さんが主演の『水族館ガール』(NHK総合)では、松岡さん演じるヒロインを気遣う優しい上司を木下ほうかさんが演じたのですが、『実は』と言おうか『やはり』と言おうか(笑)、その上司はヒロインを陥れる悪役でした(第1話)。同作は大変よいドラマだったのですが、このように“悪役”イメージの俳優は、その存在だけでよくも悪くもネタバレになることもあります」(同ライター)
好青年役を多く演じてきたイケメン俳優がそのパブリックイメージと異なる悪役を演じることで、意外性が話題になることも事実。作品や役柄にハマれば、演技の幅を見せられることで俳優としての評価が上がり、これまでとは異なる新たな顔を見せることでファンも増えるかもしれない。ただし、芝居としても高いレベルの技術が必要になる悪役は、正統派で売ってきた俳優にとっては諸刃の剣でもある。数年前に悪女役でブレイクを果たした女優の菜々緒が過去のインタビューで「悪役のイメージがついていたとしても、それは私の名刺代わり(笑)」と語ったことがあるが、“悪役”に踏みこむ際にはそれぐらいの覚悟で挑んだ方がいいのかもしれない。
(文:衣輪晋一)