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第21回釜山国際映画祭『ボイコット騒動の余波は?真価が問われるアジア最大の映画祭』

アジア最大規模の映画祭となる第21回釜山国際映画祭が10月6日〜15日まで韓国・釜山で開催。今年は、映画祭の独立性を求める映画界と釜山市との対立がボイコット騒動にまで発展し、5月まで開催が危ぶまれていたが、最終的には例年通り実施にこぎつけた。1996年の映画祭始まって以来の異常事態は脱したかに見えたが、会場を訪れると騒動の余波は色濃く影を落としていた。

イベント数減少、スター不在が際立った映画祭

 昨年は世界75ヶ国から302作品が出品されていた同映画祭だが、今年は69ヶ国299作品。全体の数字上はほぼ変わらないが、その内容では大きく変化があった。会期間近になって作品ラインナップやイベントなど今年の概要が発表されていくにつれてその予感はあったが、例年同映画祭の目玉になっている、韓国スターらが出演する新作のプレミア上映がほとんどなく、ビッグネームのゲスト来場イベントが少なかった。一方、今年話題の新作を上映するガラプレゼンテーション部門では4作品中の3作品が日本映画となるなど(昨年は6作品中、日本映画は1作)、そのほかの部門でも日本映画の出品と、キャストや監督らのゲスト来場が目立ち、トークイベントなどを見ても日本映画が存在感を放っていた。
 毎年、ホットな最新作がならぶことで韓国映画シーンの勢いを感じることができるKorean Cinema Today部門の出品数は今年は28作。昨年の35作から2割ほど数が減っているのだが、それ以上に気になるのは、その中身。映画祭に出品される映画は本来、インディペンデント系など小規模で作家性が強い作品が多いが、釜山国際映画祭においてはスターが出演する話題性の高いエンタテインメント系大作の新作も、それらのなかに混じって例年バランスよくラインナップされる。それが映画好きが多い韓国人だけでなく、韓流スターやK-POPアイドルらのイベントを目的にした日本からの多くのファンも楽しませていた。

 ところが今年は、韓国メジャー映画会社の新作出品がほとんどなく、あっても昨年から今年の劇場公開済みの作品ばかり。それらの上映ではキャストの来場や、トークイベントは行われないことがほとんど(今年のイ・ビョンホンは例外だったが)。その結果、プレミア上映やトークイベントはインディペンデント作品ばかりとなり、ゲストとして来場するのは、ほとんどが監督や若手俳優というスター不在の状況。春先までのボイコット騒動の影響が色濃くにじみ出ていた。
 同映画祭の名物であり、韓国映画シーンの勢いを肌で感じさせるスターの映画祭来場が少ないのは残念なところ。昨年は、ファン・ジョンミン、イ・ジョンジェ、ソン・ガンホ、キム・ナムギルらベテランのほか、ユ・アイン、キム・ウビン、EXOのスホら若い世代のスターもオープニングセレモニーに集結し、大変な熱気を帯びていた(昨年の様子はこちら)。それに比べると今年は控えめ。世界的スターのイ・ビョンホンや、同映画祭の常連であるキム・ギドク監督、昨年に続いて来場した話題作で活躍中のソン・イェジンとパク・ソダムのほか、ハン・ヒョジュ、ヤン・イクチュン、ソン・イェリら新鋭女優、主演作がワールドプレミア上映されるSHINeeのミンホらが登場して華を添えたが、オープニングセレモニー全体的な盛り上がりとしては例年より欠けていたのも事実。そして、ゲストが少ないぶん、映画祭会期中のトークイベントなども例年より数自体が少なくなった印象だ。

イベントなど随所で感じられた観客の変わらない熱量

 しかし、個々の上映後のティーチインやトークイベントを見ると、例年と変わらない熱気があちこちの会場であふれていた。昨年公開された『インサイダーズ』での来場だったイ・ビョンホンは、1時間ほどのトークイベントで会場周辺まで埋め尽くしたファンとしっかりと向き合い、毎年恒例となったキム・ギドク監督の上映後のティーチインでは、時間をオーバーしても観客からの質問一つひとつにしっかりと答える。ソン・イェジンの柔らかい人柄がにじみ出たトークイベントでは、温かい眼差しで見守るファンが多く集まった。また、いま韓国でもっともホットな日本人俳優である國村隼の30分ほどのトークイベントには、会場を埋め尽くす600人以上の観客がつめかけ、人気のきっかけになったナ・ホンジン監督『哭声(こくせい)』での怪演や俳優論についてのトークに熱心に聞き入っていた。
 そして、出品作は少なくなったなかでも、いまの韓国映画のクオリティの高さを感じさせる良作は多かった。いくつかを挙げると、映画祭オープニング作品であり、ヤン・イクチュン、ハン・イェリの好演が光った『QUIET DREAM』。ひとりの女性と、彼女を取り巻く3人の中年男性それぞれが抱える事情、4人の特別なつながりが、夢と現実が交錯しているかのようなチャン・リュル監督の映像演出によって独特の空気感で静かに描かれている。ベルリン映画祭で高評価を受けた『THE WORLD OF US』は、気が弱く大人しい小学生の少女と、転校してきた少女の夏休みのある出来事を通したふたりの少しの成長を描く。少女たちの好演による、小学生の世界のなかの“グループ”と“孤独”のリアルな描写がひりつかせ、主人公の母親の人間性に救われる。
 SHINeeのミンホが主演し、ワールドプレミア上映された『DERAILED』は、窃盗や無銭飲食で生活するホームレスの若者男女4人が巻き込まれる裏社会とのトラブルをバイオレンスを交えて描く人間ドラマ。先行きが予想できない展開に惹き込まれ、ラストの韓国映画ならではの結末が強烈な余韻を残す。俳優としても活躍中のミンホほか、若手キャスト陣が輝いている。キム・ギドク監督の新作『THE NET』は、不意に国境を超えてしまい、韓国に拘束される北朝鮮の漁師が主人公。前作『STOP』でも社会性の強いテーマを取り上げているギドク監督だが、今作では北と南の現状を映しながら、社会と家族のあり方、貧富の差、生きる目的など普遍性のあるテーマをギドク流のまっすぐでナイーブさもにじむ視線で描き出し、リアルと虚構を織り交ぜながらエンタテインメントに昇華させている。ただ、主人公の設定や物語の展開は独創的であり、作品としての評価は分かれそうだ。
 また、すでに韓国では公開中のナ・ホンジン監督の『哭声』は、カンヌ映画祭に続いて今回の映画祭でも海外メディアから注目を集めた。同作は、まさに韓国映画の真骨頂と呼べるドギツい描写で覆い尽くされたサスペンスホラー。その巧みなストーリーテリング、メインからバイプレイヤーまでキャストそろっての怪演、それらをより際立たせる映像演出で迎えるラストの展開には、震撼させられる。『チェイサー』『哀しき獣』と世界を揺さぶってきた韓国の鬼才ナ・ホンジン監督が、その力量を世界に見せつけた衝撃作であり傑作。國村隼がメインキャラクターのひとりで出演しているが、観るものを恐怖のどん底に陥れる怪演は高く評価され、その後は韓国の映画イベントにも呼ばれるなど名優としての高い人気を得ている。
 これらのほかにも、毎回ほぼ満席になる試写会場では、終演とともに観客の大きな拍手が沸き起こっていた。

昨年から今年の変化、“アジア最大”復活へ来年への期待

 動員1000万人を超えるメガヒットが毎年生まれるほど映画への関心が高い韓国の人たちにとっては(昨年は2本)、釜山国際映画祭は大事なお祭りだろう。TICKET BOXには鑑賞券を求める行列が早朝からでき、ほとんどが満席になる上映後のティーチインでは多くの人が手を上げて熱心に質問を投げかける。いい作品に出演した、いい芝居を見せた俳優には人気が集まり、性別年齢関係なくトークイベントには大勢の映画ファンがつめかけ、トークのひとこと一言に熱心に耳を傾け、惜しみない拍手を送る。会場を訪れる観客たちからは、例年と変わらず映画への熱い愛が感じられた。
 同映画祭をアジア最大の映画祭足らしめている大きな要因のひとつは、それを支えてきた観客と映画人たちの熱量だろう。今年は会期前日に釜山を襲った台風18号により、同映画祭の名物でもある海雲台のビーチイベント会場が倒壊したが、関係者の尽力によりメイン会場に急遽ステージが設けられて無事に実施された。そんなアクシデントも乗り越えて、映画の“お祭り”を誰もが楽しんでした。ボイコット騒動の余波が出品作品に現れていても、ゲストの数が少なくても、映画祭の現場の熱量は今年も健在だった。

 しかし、個々の熱量の大きさは変わらなくても、映画祭全体として見たときは同じではなかった。多くの観客が、昨年までと今年の違いを肌で感じたことだろう。今年来場した観客は来年も来るに違いない。今年ではなく、昨年までのあの映画祭の空気が戻ってくることを期待して。もし、来年が今年と変わらなければ、その次の年に釜山国際映画祭が迎えるのは厳しい現実になるかもしれない。ボイコット騒動の余波を残した今年の釜山国際映画祭。アジアを代表する映画祭としてこの作も君臨できるのか、いままさに正念場を迎えているといえるだろう。
(文:編集部・武井保之)
<今年も女優が妖艶に華やかに彩ったレッドカーペット>

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