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【連載7】SMAP 5人の役割を考察:木村拓哉 バッシングされるスーパースター、逃げない男の真実

 前回お送りした『中居正広 自分たちのことでタブーは作らない、“自虐”という神センス』に続く、SMAP連載第7弾。前回は、毎週のようにバラエティで“SMAP解散ネタ”に触れる中居正広について論じた。今回は、中居とはまた違う形でその動向が取り沙汰される木村拓哉について考えたい。多くのメディアは、解散について4対1の構図を語り、木村はSMAPの中の異端として書かれることが少なくない。誰もが認めるスターでもあり、何かと誤解を受けやすい木村拓哉。だが、その表面的なシナリオだけが、果たして真実なのだろうか。

どんな中傷にも、どんな報道にも、5人は無言を貫くことに決めた

 ずっと、心ない報道に傷つけられている。

 自分のことを中傷されているわけではない。でも、真実かどうかもわからない伝聞や憶測で、自分が大切に思ってきた人たちが、まるで人が変わってしまったかのように語られていくことが、腹立たしくて、もどかしくて、悔しくてたまらない。一介のファンでさえこんなに胸が痛いのに、連日あることないこと書かれてしまうSMAP5人は、その一人歩きする報道を目にしたとき、どんなに苦しいことだろうか。

 5人が解散を決意するまでの経緯はおそらく、報道されている内容よりももっとややこしくて生臭いはず。こればかりは推測になってしまうけれど、仮にも“ファンに夢を与える”ことを目的とするアイドルが、自らの口から語るのは憚られるような複雑な経緯なのだと思う。しかも、SMAPの5人は、解散を誰かのせいにしたり、ましてや誰かを悪者にすることなど望んではいない。だから、どんな悪意ある報道がなされたとしても、無視を決め込むことにしたのではないか。どんなバッシングにも、虚偽の報道にも、無言を貫くことに決めたのではないか。

中居とは違うやり方で、SMAPを守ろうとしているように見える

 先週、このコラムで私は、中居正広がバラエティ番組で解散ネタを自虐的に語るのは、自らを盾にしてメンバーを守ろうとしているからだと書いた。それは、「イジりたければ、他のメンバーではなく俺をイジれ!」という、彼一流の攻撃的ディフェンスなのだと。でも、自分を盾にして仲間を守ろうとしているのは、たぶん中居だけではない。SMAPファンの間で、中居と並んで“ツートップ”と呼ばれる木村拓哉もまた、中居とは違うやり方で、必死でSMAPを守ろうとしているように私には見える。

 木村ほど、この平成の時代に、バッシングやアンチ、偏見に晒されたスターはいない。先日、“ビストロSMAP”(『SMAP×SMAP』内・フジテレビ系)に小池百合子東京都知事が出演した時は、都知事が少し木村のコメントを遮っただけで、「小池百合子に冷たくあしらわれた」と報道されてしまったほどだ。ネットというのは不思議なもので、好意より悪意の方が広がりやすい傾向がある。木村が試食の際に、「一番美味しい状態で食べて欲しい」と思うあまりに前のめりになることなど、20年前から見られた光景だし、実際に番組を観ていても、木村にだけ知事の態度が違ったなどということは一切なかった。色眼鏡で見る人の目には、そう映るのか。

不完全さの魅力、スーパースターだけにのしかかる重圧をはねのけてきた

 「そういえば」と、私は19年前に、木村が主演したドラマ『ギフト』(フジテレビ系)の記者会見のあと、一緒にいた男性編集者が私に伝えた感想のことを突然思い出した。『ギフト』で、木村が演じたのは記憶喪失の“運び屋”。サラサラのロン毛にタイトなスーツ姿で会見に臨んだ彼を見て、私は思わず「カッコイイ!」ではなく「美しい!」と呟いていた。まだ新宿区河田町にフジテレビがあった頃で、私は木村の取材ではなく、プロデューサーの取材のために記者会見に参加したのだった。取材を終えた帰り道、木村よりも一回り年上の男性編集者は、「カッコイイとは思うけど、目に険がある。あと、思ったより背が低かったなぁ。男にしては華奢すぎるし」と言った。当時すでにSMAPのライブにも足を運んでいた私は、それを聞いてムッとした。普通に「カッコイイ」じゃダメなのか。“目に険がある”なんて、私は思わなかった。それに、“思ったより背が低い”って……。どんなのっぽを想像してたんだ。その編集者のコメントすべてが、くだらない言いがかりだと思った。

 誤解を恐れずに言えば、もし品行方正で、明るくて、いつも笑顔で、社交家で、背もスラリと高くて、あの顔立ちとあの声で、しかも超絶歌や芝居が上手かったとしたら、木村はここまでのスターになっていなかっただろう。アイドルに興味を持てない人たちは、何かにつけて欠点を指摘したがるけれど、その不完全さもまたアイドルの魅力である。“スペック”では語りつくせない魅力が、今も昔も木村拓哉という人にはあるし、スーパースターだけにのしかかる重圧を、ライブやドラマや映画の中の自分の“表現”で、軽々とはねのけてきたのが、木村拓哉という男なのだ。

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