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35周年を迎えた作詞家・売野雅勇氏 明菜、チェッカーズらヒット曲誕生秘話語る

 中森明菜の「少女A」や作曲家・芹澤廣明氏とのコンビによるチェッカーズの一連のヒット曲、さらにラッツ&スター「め組のひと」、荻野目洋子「六本木純情派」、郷ひろみ「2億4千万の瞳-エキゾチック・ジャパン-」など、昭和から平成を華やかに彩る数々のヒット曲を手掛けてきた作詞家・売野雅勇氏が、作詞活動35周年を迎える。8月には記念コンサートも控える売野氏に、作詞に対する心境の変化や「少女A」や中谷美紀「MIND CIRCUS」といったヒット曲にまつわるエピソードなど、様々な話を聞いた。

35年の変化は「自由になれた」こと

──35年の作詞家人生を振り返って、ご自身のなかでもっとも大きく変わった点はどこですか?
売野雅勇 自由になれた点です。作詞を始めたばかりの頃も、もしかしたら「自由に書いています」なんて言っていたかもしれませんが、それは自由ではなく“無知”でした。ノウハウをマスターすることで、初めて自由になれるものです。作詞においては、あるとき気がつくわけですね、ここにはルールがないんだと。ただ、一朝一夕にはその境地にたどり着けません。型破りという言葉がありますが、型を知らなければ、型は破れませんから。35年前は、その型すら知らなかった。日々模索し、日々学び続けていると、いつしか自分のスタイルらしきものが見えてくるものです。作詞をする人、一人ひとりにスタイルがありますが、どれにも共通する項目があって、それが本当の意味での型ではないでしょうか。作詞を続けていると、その型が見えてきました。そこで初めて型を破ることすら自由にできるようになったってことです。だから、この35年間の変化としては、非常に自由になりました。

──ご自身のスタイルを自覚されたのはいつ頃ですか?
売野 10年以上はかかったと思います。作詞家になる前や作詞を始めたばかりの頃は、他の方が書いた歌詞も熱心に見ました。日々、発見もあり、それなりに分析もしました。なぜなら、小説を読まない人に小説は書けないから。小説を読まなくても、文章は書けるでしょうが、小説というものの型があり、構造があるわけで。それを知らずに書いても、小説にはならないんですよ。

──小説を真似た散文ですよね。
売野 そう思います。歌詞もやはり同じです。僕のなかでは、自分のスタイルらしきものが完成したかなと思えたのは、1995年頃。中谷美紀さんの歌詞を書いた頃です。だから、一生のうちにそうそういくつものことはまっとうできないってことですね。

──1982年、中森明菜の「少女A」を書かれた頃は、作詞家としては駆け出しだったわけですよね。
売野 おっしゃるとおり、あの頃はまだ素人でした(笑)。それまでに50曲程度は書いていたのかもしれませんが、プロと言えるほどではなかったと思います。アイドルに歌詞を書いたこともなかったですし。素人は素人の書き方をしてしまうものでして……サビが書けない。具体的には、書きたいことから書いてしまい、AメロやBメロで言いたいことを言い切っちゃう(笑)。あのときの僕はまさにそういう詞を書いていました。「少女A」は歌詞が先で、そこにある方がメロディをつけてくださったんですけど、それは今みなさんが知っている「少女A」とはまったく違ったメロディでした。ただ、もともとサビが書けていないわけですから、メロディをつけてもらっても、そうそう化けるわけはなくて……。

──お蔵入り寸前?
売野 ところが、当時のワーナー・パイオニアのスタッフが僕の歌詞を気に入ってくれて、詞だけ残そうということになりました。僕にとってはすごくラッキーでした(笑)。それで、次に改めて曲をつけてくれるのが芹澤(廣明)さんに決まったんだけど、とある若いスタッフが「これにメロディをお願いします」と、僕の詞を渡すんじゃなくて、芹澤さんの曲のストックをチェックし始めたんですよ。結果、このメロディなら、この詞が合いそうだと、1曲ピックアップしてきました。実は、そこにはすでに詞がついていたんですけど、それをお書きになった方も詞に関しては素人だったんです。だから、Aメロがやたら長い、僕も素人だったのでAメロの詞がやけに長くて、ほとんど手を加えないでも、奇跡的にピタリとはまったんです(笑)。本当に3文字、4文字足した程度でした。しかも、芹澤さんは才能がある方なので、素人が書いたサビを若干変えたんだと思います。たとえば「ねえ、あなた 愛を教えてよ♪」みたいなことだったのを、「ねえ、あなた ねえ、あなた 愛を教えてよ♪」というふうに、1回増やしてくれていました。そこに「じれったい じれったい♪」をはめたというのが「少女A」の誕生秘話です(笑)。

──あの歌で歌手・中森明菜のイメージが決定的になりましたよね。
売野 中森明菜さんの実像は計り知れませんが、ひとりの歌手のイメージとしてはあの歌が作り上げた部分が大きかったのは事実だと思います。もしも「少女A」でなかったら、中森さんは違ったイメージの、違ったスタイルの歌手になっていたかもしれません。そしてもしあの歌がなかったら、少なくとも僕は、作詞を続けることはできていなかったと思います。作詞家としてこうして35年も書き続けることはなかったでしょうね。それくらい作詞家や作曲家にとってヒット曲は大きな存在です。

歌詞は「歌い出し」と「サビ」に100%以上の力を注ぐ

──とあるヒットメーカーの方が「作詞家や作曲にとって、ヒット曲を書いたことがあるか否かは圧倒的な差だ」とおっしゃったことがありました。
売野 僕らのような職業作家は、売れるものを書かないと価値がないわけですよ。かたやアーティストと呼ばれる人のなかには、「売れる売れないは関係ない、自分の表現として歌詞を書いている」と主張する方もいる。それが格好良く響くこともありますが、個人的見解としては、ヒット作がある人とない人は決定的に違っていると思います。特に作詞家と作曲家については確実に言えます。では、どこがどう違うのか。たとえばこういうことがありました。アメリカのある有名なプロデューサーから直接聞いた話ですが、彼はプレイヤーでもあり、作曲家でもあるけど、いい作品を作るために、豪華という意味ではなくビューティフルな生活をしているんですね。でも、素晴らしいサビのメロディがうかんだとき、「僕は金貨の音が聞こえるんだ」と言うんですよ(笑)。

──チャリンチャリン(笑)。
売野 そう(笑)。それは比喩でもあり、強烈なブラックジョークでもあるんですけど、真実でもあるわけです。そこまでリアルなことが言えないと、ヒット曲は書けないだろうな、と納得させられたのを覚えています。「金貨の音なんか聞きたくない、魂の叫びが大事なんだ」みたいなことばかり言っていては、本当にいい曲、本当のヒット曲は永遠に書けないんじゃないかと思いました。金貨も魂も必要です。それをリアルだと思えるか否かは、ヒット曲を書いた経験があるかないかと関係するかもしれませんね。

──作詞をするとき、大事にされているポイントはどこですか?
売野 歌詞は、歌い出しの1行目とサビの1行目が重要です。そこに100パーセント以上の力を注ぎます。だから、書けないときは、1行目からもう書けない、ということです。自分でも納得できる1行目を書いたら、「ヤッター!」「書けた!」と、大喜びします。ところが、喜びもつかの間で、この1行目を生かすには2行目が大事だ、となる。すると、また新たな苦悩が始まって(笑)、3行目、4行目と大変さが増していきます。最後の1行を書き終わったときは、「できた!! 完成!!」という達成感より、やっとこの苦しみが終わった〜という解放感です。

──この35年間で、もっとも悩んだ1篇を覚えていらっしゃいますか?
売野 覚えていますよ。チェッカーズの「ジュリアに傷心」は5回歌詞を書き直しました。4回ダメ出しされて、5回目にOKになって。あれもつらかったですね。1行、2行の修正は単なる直しであって、書き直しとは、全編新たな歌詞を書くことですから。3、4日で1回書いては、またゼロから書き直すので、半月以上はかかった計算になりますね。でも、僕の35年の作詞家人生のなかで最長だったのは、中谷美紀さんの歌詞でした。「MIND CIRCUS」(1996年)。プロデュースが坂本龍一さんで、最初に打ち合わせをしてから、5曲くらい作詞用のデモ音源を渡されたんです。こちらは作詞家ですから、プロデューサーである坂本さんに「どういう方向で書きましょうか」と確認しますよね。すると、やさしく「本能のまま書いてください」と(笑)。

──シビれる一言(笑)。
売野 家に帰り、書くぞ、と集中しても全然書けない。1行目どころか、最初の一文字すら出てこないから、これはもうホテルにこもろうと、缶詰になろうと、こういうときにいつも使っているホテルのいつも使っている部屋に入ったんです。毎日、朝から曲を聴き続け、詞を書いてみるものの、すぐ捨てて…その繰り返し。どうしてこんなことになってしまったのだろうか? と考えたとき、自分のテンションが曲を作った坂本さんのテンションまで届いていないんだと思いました。

──坂本さんの音に圧倒されていたと?
売野 そうとも言えるでしょうね。何を書いても、坂本さんの曲に合わせると、見劣りしてしまうんです。簡単に言うと、歌詞がメロディに負けていました。そうこうしていると、3日間の予定が1週間になり、1週間のつもりが2週間になり、さすがにヤバイと思った頃、ドアの下から請求書が部屋のなかに入っていることに気がついた。拾いあげて見たら、こりゃヤバイどころじゃ済まないと思いました(笑)。でも、悶々としているだけで、まだ1曲も歌詞が書けていなかったんです。そんなある夜、ホテル内のレストランで食事しようと、エレベーターホールで待っているとき、エレベーターが来て、チンと鳴った瞬間、1行目の歌詞が不意に浮かんだんですよ。「君の誇りを汚すものから君を守っていたい♪」。あ、できた!これで書ける!と確信しました。それでも完全に書き上げるまでにはそこからまた10日以上かかっているので、1曲に約1ヶ月費やしたことになりますね。

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