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桑田佳祐、約3年ぶりのニューシングル「ヨシ子さん」 還暦の桑田が放つ現代へのリアリティ

 桑田佳祐が、約3年ぶりとなるニューシングル「ヨシ子さん」を6月29日に発売した。そのインパクトあるタイトルが話題を呼んでいた同曲だが、先般、『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)で披露されると、SNSでは「歌詞が面白い」「ヨシ子さんて誰?」など、話題に。桑田らしい、毒気のあるポップスが、驚きと新鮮さをもって受け入れられている。果たして新曲にはどんな思いが込められているのだろうか? ここ数年、桑田へのインタビューを重ねてきた内田正樹氏に、「ヨシ子さん」を解説してもらった。

“毒を以て毒を制す”戦法 『Mステ』披露後のざわざわ感

 いい。何がいいってざわついているのがいい。「チキドンて(笑)」「上鴨そば?」「何これ気持ち悪い」「イカれている」「意味わかんない」「クセになる」「カッコいい!」。そう、ざわざわすることもまたポップミュージックの醍醐味だったじゃないか。なんか、こういう感じ、久し振りでいい。桑田佳祐、約3年振りのニューシングル「ヨシ子さん」である。

 桑田はテレビ朝日『ミュージックステーション』に6月17日、24日と2週連続で出演して「ヨシ子さん」を披露した。バンドやダンサーと大挙した演出は、もうゴールデンタイムの歌番組の演出としては明らかに様子のおかしなシュールっぷりだった(※ちなみにエンディングでは司会のタモリも「チキドン」と口にしていたけれど、タモリさん、絶対にこの曲、好きだと思う)。『マルコビッチの穴』という映画があったけど、あの番組内のセットのアフリカとロックとヒップホップとディスコとエロと昭和の見世物小屋がごった煮になったような世界って、実際に桑田の頭の中の小部屋のひとつなのかもしれないと感じられた。そう思うと、やっぱり桑田佳祐はクールでクレイジーだ。

 インド、アフリカ、ジャマイカとエスニック風味てんこ盛りのシュールで快楽的な打ち込みのダブサウンドに乗せて、R&BやHIPHOP、EDMやサブスクリプションといった当世の音楽事情に〈疎い〉〈分かんねぇ〉と自虐的なツッコミを入れ〈ディスコでフィーバー〉して〈ナガオカ針(レコード針)〉で育ち、結局〈演歌〉がしっくりくる自分の世代感とDNAに居直ってみせる。「分からん」と嘆いておきながらデジタルを駆使して腹の据わった一流のライムを刻む、言わば“毒を以て毒を制す”戦法の狡猾さにはニヤリとさせられる。

 〈ヨシ子さん〉という〈可愛い姐ちゃん〉に惚れたけど〈イイ歳こいて〉捨てられちゃった。ボブ・ディランの歌に励まされ、デヴィッド・ボウイの急逝を看取る。こうしたくだりからは、ロックで育った大人の人生を通り過ぎていった時間の流れと無常が感じられる。そしてビートルズ「ツイスト&シャウト」風のコーラスでサビへとなだれ込むと〈真夏の太陽〉を礼賛し、〈最近はエロが足んねぇ〉と憂い、〈ニッポンの男達よ Are you happy?〉〈ヤッちゃえ ほい〉と煽り立てるのだ。

立川談志やビートたけしらに通じる批評眼

 そもそも桑田佳祐はかつての立川談志やビートたけしらに通じる批評眼の持ち主である。往年の林家三平師匠の持ちネタを思わせる“ヨシ子さん”自体に深い意味はないようだが、散文的な歌詞はおっさんのボヤきのようでありながら、一方で時事漫談のような切れ味を帯びている。〈江ノ島が見えてきた〉(サザンオールスターズ『勝手にシンドバッド』)という歌詞が当時の若者であり桑田のリアリティだったように、おそらくは「ニッポンの男達が元気ないんじゃない?」「おフザケやエロが足らないんじゃない?」という思いがいま彼のなかにあるからこそ、身体を張って全力でフザけているのだ。こうしたパフォーマンスは桑田が敬愛する植木等のスピリットに通ずる。 

 もっと言えば、桑田は先日もWOWOWの特番『桑田佳祐「偉大なる歌謡曲に感謝〜東京の唄〜」で東京にまつわる昭和の歌謡曲を歌い倒していたけれど、彼はロック育ちでもある一方で歌謡曲育ちでもある。思えば鉄板の上で焼かれちゃう悲哀を歌った「およげ!たいやきくん」(子門真人)とか、地球の男に飽きちゃった女性の不可思議な逢瀬を歌った「UFO」(ピンクレディー)とか、歌謡曲全盛期のヒットチャートって結構シュールな曲があったものだ。

 これは推測でしかないが、すでにタイアップまで付いてCMや番組で流れていた「大河の一滴」「愛のプレリュード」「百万本の赤い薔薇」という、いずれ劣らぬ美メロの桑田流王道ポップスよりも「ヨシ子さん」は時系列的に後から書かれた曲だと思われる。そしておそらく曲自体は「ざわざわさせてやろう」というよりも「ヤバいこんなのできちゃったよ」というノリで生まれたように思える。だが桑田がこれをM1に持ってきてリリースに踏み切った動機には、「かの時代に比べたら音楽が売れなくなったと言われて長いけれど、そろそろそんなこと言っててもしょうがねえだろうよ」、「たまには面白いことしようぜ? そろそろざわざわしちゃおうぜ?」という、イタズラ心に近い実験的精神が作用したような気がしてならない。

標題曲に「ヨシ子さん」を持ってきた英断

 しかしいまが歌謡曲全盛の時代でないことも、CDの売り上げが隆盛を極めた1980年代や1990年代でもないことも、誰より桑田自身が一番よく分かっているはずだ。つまり自身のルーツでありカルチャー体験をテクニックでふん縛り、無常や混沌を知性で爆発させた一方で、それを本当にM1に持ってきてリリースするという英断は、桑田にとってもスタッフにとっても、かなりの冒険だったに違いない。J-POPのメインストリームになおもチャレンジ精神で挑む還暦60歳の大御所。なんかもうものスゴい。まさにマッドマックスである。

 周知の通り、何せ桑田は過去にも「SKIPPED BEAT」、「女神達への情歌 〜報道されないY型の彼方へ」、「マンピーのGスポット」、「BOHBO.No5」、「イエローマン 〜星の王子様〜」をシングルでリリースしてきた猛者(笑)である。古参の桑田でありサザンファンは、こういう桑田のアクションには耐性がある。ただ、今回の「ヨシ子さん」における、1980年代に邂逅していたアフリカ音楽やレゲエのビートに自己を形成したロックと歌謡曲の精神性を搭載してシュールなスルメ曲に着地したこのアプローチは、意外と従来のファン層を超えた、幅広いリスナーに届くのではないか?と思えてしまう。というか、そう期待したい。

 この「ヨシ子さん」という奇妙な形の石が、果たしてJ-POPの池でどんな波紋の輪を描くのか。そのリアクションは、サザンにおける大作『葡萄』のリリースを経てソロ活動を再開させた桑田にとって、まさしく今後の試金石となるだろう。個人的にはぜひともこのままカッ飛ばしてほしいと願う。だから波紋に期待してしまうのだ。6月23日放送のNHK『SONGS』で見られた、煙に巻いたようなトークから察するに、どうやらいまのところ桑田は「ヨシ子さん」について、あまりシリアスに語りたくないようだ。なので、勝手に精一杯書き連ねてみた。いつかインタビューの機会があれば答え合わせをしてみたいが、ともかくORICON STYLEの読者で“ヨシ子さん”がツボにハマったリスナーは、理屈なんてほっぽらかして「チキドン」「フンガ」しちゃってほしい。 

 全て説明してもらえるなんて思っちゃいけない。いつも答えがあるなんて思っちゃいけない。思考を止めないことにこそ意味がある。これだけ書いておいて何だけど、何なら答えなんて無くたっていいのだ。ただ私は想像する。「ヨシ子さん」が流れる街中なんて、「ヨシ子さん」が流れるビーチなんて、考えただけで2016年夏・最高のデイドリームじゃないか!と。

(文/内田正樹)

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