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元THE BOOM宮沢和史の長男・氷魚がモデルに!芸能界入りのきっかけは?!

 昨年12月の東京・日本武道館公演をもって解散したTHE BOOMのボーカル宮沢和史とタレントの光岡ディオンの長男、宮沢氷魚(みやざわ・ひお 21)が、男性ファッション誌『MEN’S NON-NO』10月号(集英社)で“30代目メンノンモデル”としてデビューした。184センチの身長と透き通った眼、地毛だという薄い茶色の髪でひと際、目を引く彼に、芸能界入りのきっかけや両親について聞いた。

芸能界入りを両親には反対されなかった

――まずは、この世界に入ろうと思ったきっかけを教えていただけますか?
宮沢氷魚 やっぱり両親が2人とも芸能活動をしていて、子供の頃から、その姿を見ていたからだと思います。でも、子供のときは、仕事で両親が家にいないことが多かったので、それがすごく嫌だったんです。だから、絶対に芸能の仕事なんてしたくないって思っていたんですが、中学、高校くらいから、だんだん人前に立つ仕事ってすごいなって思い始めて。ファンの方もいて、ずっと応援してくれてるわけですからね。それで徐々に興味を持つようになって、最初は高校を卒業したら芸能界に入ろうと思っていたんです。ただ、海外に留学したい気持ちも強かったので、とりあえずアメリカに留学して、そこから今の事務所(レプロエンタテインメント)に履歴書を送りました。

――留学したのは、海外での暮らしを経験してみたかったからですか?
宮沢 そうですね。僕が通っていた学校は、卒業したらアメリカかヨーロッパの大学に行くのがスタンダードでした。だから、僕も昔から留学したいなって思っていました。でも、2年間アメリカにいて、やっぱり仕事をするなら日本だなって思ったので、日本に帰ろうって思いました。

――履歴書の送り先にレプロを選んだのは、どういう経緯で?
宮沢 どこに送ろうかなと思っていろいろリサーチはしたんですが、弟の同級生がレプロに所属していることもあって、名前を知っていたんですよ。だから、レプロだけに履歴書を送りました。まさか連絡が来るとは思っていなかったのでビックリしたんですけど、冬休みに日本に帰ってきたときに面談をして、所属することが決まりました。正式に所属が決まったのは、ICU(国際基督教大学)に編入し、日本に帰国した6月からですね。

――芸能界に入りたいということは、ご両親には相談しましたか?
宮沢 履歴書を送るとき、お母さんにはスカイプで“どうしようかな?”って相談しました。そうしたら「いいんじゃない。頑張りなよ」って言ってくれたので送ったんです。お父さんに言ったのは、レプロとの面談後。まだ所属はする前だったんですが、「面談に行ってきたんだけど」って報告したら「おお、やるのか?」って(笑)。

――特に反対はされずに?
宮沢 はい。でも、これは今でも言われるんですが、そのときも「厳しい世界だから頑張れよ。舐めたらヤバイよ」とは言われました。

――その面談の前は、お父様には相談しなかったんですね。
宮沢 全くしなかったです。お母さんには、中学3年か高校くらいの時期に、たまに「芸能の仕事って面白そうだよね」みたいな話はしてました。

――今では、お父様から仕事のアドバイスなどもされますか?
宮沢 この間、盛岡で仕事をしたんですが、そのときは“謙虚に、礼儀正しく”っていうメールをもらいました。そういうメールはオーディションの前にも毎回送ってくれます。

――それは励みになりますね。
宮沢 はい。全く反対はされなかったんですが、お父さんは最初の頃は何もコメントもくれなかったんですよ。だから、内心怒ってるのかな? って、ちょっと心配していて(笑)。でも、今はメールやアドバイスをくれるので、ホっとしていますね。

音楽という選択肢は最初からなかった

――芸能界を目指すとき、その選択肢の中にお父様と同じ音楽はなかったんですか?
宮沢 なかったです。音楽は好きですし、楽器も小学校から高校までトロンボーンをやっていたんですね。今でもギターと三線は少し弾くんですけど、音楽は、違うかなって思って。トロンボーンも始めたときから、趣味でやるのはいいけど、ずっと続けたいとは思っていなかったので、音楽という選択肢は最初からなかったです。芸能の仕事をするなら、音楽とは違うジャンルでと思っていました。

――今後、もし歌手で、というようなオファーがあったらどうしますか?
宮沢 僕、声が低いんですよ。お父さんも地声は結構低いので、お父さんの曲ならなんとか歌えるんですけど、ちょっと高いと無理ですね。でも、何にでもトライはしてみたいので、オファーが来たら考えます。

――声質もお父様に似てるんですね。お顔も似てるって言われませんか?
宮沢 言われます。ライブ会場に行くと、ファンの方に「息子さんですか?」って、声をかけられます(笑)。特に昔からお父さんを知っている人には、若い頃にそっくりって言われますね。喉仏が似てるって(笑)。

――身近に宮沢和史さんがいらっしゃるという環境はすごいと思うんですが、お父様の音楽活動に対しては、どう思っていたんですか?
宮沢 「お父さんが歌手だけど、どう?」って、いろんな人からよく聞かれるんですが、僕は、ずっとそれが普通だと思っていたので、逆に歌手じゃないお父さんのほうが、どういう感じなのかわからないんです(笑)。昔から、「ああ、今日もライブなの?」っていうような話をしていましたし、テレビに出ているのを観ても、別に驚かなかったですね。でも、お父さんはテレビに出る日を教えてくれないんですよ。だから、チャンネルを変えていたらお父さんが映って、あっ、それで今日は家にいないんだって思ったりしてました(笑)。

――ライブも観に行きましたか?
宮沢 関東でライブをするときは、だいたい行ってますね。昔は当たり前に感じていたんですが、最近は大勢の前で歌うことや、ファンに愛されるっていうことを改めてすごいなって感じるようになりました。特にそれを感じたのが、この間のTHE BOOMの解散ツアー。そのときは大阪にも見に行ったんですよ。それまで地方でのライブはあまり見たことがなかったので、地域によってファンの反応も全然違うんだなって思って新鮮でしたし、こんなに全国で愛されてるんだなって思いました。

――家でもお父様の曲を聴きますか?
宮沢 はい。iPodにも50曲くらい入ってますし、家でもときどき流します。そうすると、本当にたまにですが、お父さんが歌ってくれたりして。リビングでギターをを弾きながら。

――氷魚さんにとっては普通のことかもしれないですけど、ファンの方にしたら夢のような環境ですよね。そんな宮沢家には、家訓のようなものはありますか?
宮沢 昔から言われているのは、「強くて優しい人間になれ」っていうことですね。それは、この世界でもすごく大切なことだと思うので、しっかり守っていきたいです。

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