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さだまさし、自己模倣は芸術の堕落「もっと不思議な曲や新しい言葉を」
僕の歌には風が吹いている歌が多いんです
さだまさし 年齢を考えるとオーバーヒート気味ですね。これは小説を書き始めてからかな。まず飲み屋に行かなくなった。ゴルフの日に朝雨だと、これで寝られるとほっとするようになった。最近はコンサートの後も食事に行くより、コンビ二寄って部屋に帰りビールでも飲みながら原稿を書くようになりましたね。
――若手売れっ子作家みたいですね。
さだ こんなに小説書いている作家いないんじゃないですか? めちゃめちゃな本数書いてますよ。しかも、ありがたいことに映像化したいと待っていてくれる。そんなに今は面白い話がないのかな。
――さださんが描く物語が面白いからじゃないですか。『ちゃんぽん食べたか』(NHK土曜ドラマ)を観てますけど、ストーリーが面白いです。芸大目指している主人公が、いろんなことに首を突っ込んで、どんどん芸大合格から遠ざかってしまうさまがね。世代的にすごく共感できます。
さだ 確かに離れていくよね。堕ちていくね(笑)。でも、僕の体験したことはもっと面白かったんだけどね。
――いえいえ、あれが事実だとしたら本当に凄い青春時代だったなと思います。
さだ ほぼじゃなくて、全部事実ですよ(笑)。
――ヘルメットかぶって学生運動に参加するというくだりもあるじゃないですか。
さだ あれも本当に行ったの。パンをもらえるらしいから行くかっていう軽い気持ちでね。明治公園に集合して住所と名前を書いたらヘルメットや軍手を貸してくれて、で、“粉砕!”とか叫びながら新宿中央公園まで行くのよ。色々な集会と合流しながらね。それで新宿西口の地下道に入ったら機動隊から催涙ガスを打たれたのよ。一緒に参加した杉山ってやつがぜんそくもちだったから、“このままだと死ぬ”と思って、ほぼ担いで逃げた(笑)。代々木駅までは走って、そこから千駄ヶ谷、信濃町までゆっくり歩いて。そこから先はよく覚えてないんだけど。
――今回のアルバムにはそんな青春時代をイメージした歌も入っていますが。
さだ こんなに忙しいのにアルバムまで作っているんだからえらいよね(笑)。最近は1年間に4、5曲はさまざまなタイアップでの作品作りを依頼されるんですよ。それとは別に一応レコーディングの計画を立てようとするんだけれど、先ほども話したようにじっくりとコンセプトに従って曲作りをする余裕もなく、そうするとタイアップ用に作った作品も含めて、未発表曲の中から取捨選択して、そこに新たなものを足すことになるんです。今回はまさにそんなアルバムですね。
――でも、『風の軌跡』というタイトルにふさわしい風を感じる作品が多く並んでいますし、渡辺俊幸さんのオーケストラアレンジも素晴らしいし、良質のコンセプト・アルバムだと感じますが。
さだ そう言っていただけると、うれしい(笑)。確かに、風については、人間が生きているということは風が起きるということなんだなと思います。実は僕の歌にはこれまでも風が吹いている歌が多いんです。風の歌がたくさんあって、今回のツアーでも気がついたら風の歌が多くなっていた。理由を考えてみると、僕は季節をよく歌うんだけど、季節を歌おうとすると風が吹いてくるんだよね。
――人間の営みを常に歌ってきたさださんだからこそ、この風というテーマらしき言葉がしっくりくるのかもしれないですね。今回のアルバムの聴きどころは?
さだ 風というテーマ的なものを感じてもらってありがたいんですが、実際にはコンセプトアルバムではないので、深く考えずに聞いてもらえればいいと思うんです。色々な曲が集まったんで、これはこれで楽しいかなと。最初の「ふるさとの風」は岩手の復興支援の合唱のためにお願いされて作った曲で、もともとは14分もあるんですが6分44秒の作品に仕上げて1曲目においてみたら、案外これが良かった。一番入れどころに悩むかなと思っていた「梁山泊」「問題作」も並べて違和感なくおさまって、「逍遥歌」を加山さんから借りてきて歌ってみたらすごくいいクッションになっていて、最後は伊勢神宮の式年遷宮をイメージした「風の宮」、それから「夢見る人」「風に立つライオン」まで安心して聞けるんですよ。曲順がばっちりでしたね。
世の中おかしいよね!「どうするんだろうこの国は?」って思うんだ
さだ こだわりはないんですけどね。ただ、今時アルバム1枚10曲に何千万もかけて作ってちゃダメだね(笑)。ペイできるわけがないなあ。でも、僕はオーケストラの音も含めて生にこだわってます。パソコンで音を作った曲って、やっぱり音がうすっぺらい気がするんだよ。やはり人間が弾いている本物の弦の音は違いますよ。造り酒屋と一緒でどうしてもこだわってしまうよね。
――入れどころに悩んだ「梁山泊」と「問題作」は異色作ですね。
さだ 「梁山泊」は学生時代にヤマハのライトミュージックコンテストに出て歌った曲。で、落ちたんだ。落ちたんだよ(笑)。『ちゃんぽん食べたか』のドラマ化にあたりNHK側から、学生バンドがコンテストに出る際に歌われる曲は当時を覚えているさださんにしか曲が書けないので、さださん何曲か書いてくださいって言われたんで、当時落選したこの曲もそっと入れておいたんだよ。そしたらここでも落ちた(笑)。でも、主演の菅田将暉君が気にいってくれて「ドラマに合わないのはわかるけどいい歌ですよね。レコーディングしてくださいよ」っていうからレコーディングしてみたんですよ。70年代安保前後の若者が自分たちの正義の力で世の中が変えられるんじゃないかって思いながら、でも自分たちが正義かどうか自信がないっていう内容で。これがあのころの自分の立ち位置なんですよ。学生運動に共感している部分もあるんだけど、それが全面的に正しいとも思っていないのね。
――「問題作〜意見には個人差があります〜」では近所のがんこジジイのように怒っていますね。日本が馬鹿で薄まっていくっていう歌詞が考えさせられます。
さだ サブタイトルの「意見には個人差があります」っていうのはNHK総合『今夜も生でさだまさし』(通称“生さだ”)の中で俺の発言が一方的だと思った場合にアシスタントが出すフリップなんだけど、もともとはこちらの言葉からイメージが広がった作品。最初はもうちょっとやわらかい歌詞だったんだけど(笑)。アレンジの渡辺俊幸君からもっとラップ風の歌詞にしてくれっていうリクエストがあり、しつこい歌詞になった。でも世の中おかしいよね。どうするんだろうこの国は、って、最近思うんだよね。
――“生さだ”はあの時間帯としては異例の視聴率で人気番組になってますね。
さだ あれはNHKを10年以上口説いてスタートしてもらったんです。自分が発信を続けて世の中に影響を与えていくためには何をやればいいか考えた結果、低予算、深夜、はがき、NHKというキーワードにたどり着いた番組ですよね。今では誰もが深夜にはがきを読んでいるあの番組ねって認識してくれている。ここまで来ると、たぶんあと30分放送時間が早まると注目度が一気に高まって大ブレイクかもとは思うけど、まあ、そうならずにこそこそと続けている方があってるかもね(笑)。
曲つくりは生簀に釣り糸をたらす作業 たまに犬が釣れるけど
さだ 僕は曲は生き物だと思ってるんですよ。よく魚に例えるんだけど、モチーフなりヒントなりの稚魚を捕まえてきて生簀の中で飼っているのね。曲作りってその生簀に釣り糸をたれるような作業だってよく言うんですよ。この1年間にどれだけ育ったかなって言いながら釣りを楽しむのね。たまには犬が釣れたりしてね(笑)。曲作りというのはそういう楽しみですよね。逆にそういう楽しみだと思わないといやになると思いますよ。
――過去に自分で作った曲が世の中に影響を与えているほど、新曲作りの障害になるということはないですか?
さだ 僕は自分の過去の曲は意識したことがないですね。時々、「秋桜」みたいな曲を書いてくださいという人がいますが、その人には、だったら「秋桜」聞いてくださいって言うし、「セロ弾きのゴーシュ」のような曲を書いてくださいっていう人には、「セロ弾きのゴーシュ」を聞いていくださいって言っています。以前、山本健吉(文芸評論家・故人)に、昔自分が作った作品のようなものを書きたいと思ったらすぐに創作活動をやめなさいと言われたの。それは“自己模倣”といって芸術の堕落だと。その言葉は今でも心に残ってますね。だからいつでももっと不思議な曲を書きたいと思うし、新しい言葉が欲しいと思うのね。