ドラマ&映画 カテゴリ
(更新: ORICON NEWS

日本の“お母さん”を体現する女優・田中裕子の魅力

池脇千鶴、二階堂ふみ、満島ひかり、松雪泰子、菅田将暉、向井理、松山ケンイチ、加瀬亮、草g剛(SMAP)、大泉洋……日本のエンタメ界を牽引する女優&俳優陣の名前をたわむれに並べたわけではない。彼らには、日本が誇る、ある女優の子ども役を演じた経歴を持つという共通点があるのだ。女優の名は、田中裕子。若手のなかでも実力派といわれる俳優たちとのコラボレーションで、田中はときに主役を凌ぐほどの強烈な存在感を放つ“お母さん”を体現してきた。

かっぽう着のような包容力で作品世界を包む

 田中の数多い出演作のなかでも、近年とくに“お母さん”役は観るものに印象を残している。作品ごとにその人物像はもちろん異なるが、田中が演じることでそれぞれのお母さんに魂が吹き込まれている。池脇千鶴のデビュー作となった『大阪物語』(1999年)では、実生活でも夫の沢田研二と夫婦役で共演。息の合った夫婦漫才で小気味好いつっこみを軽妙にやってのけつつ、情の深い浪花のおかんを好演した。菅田将暉演じる主人公・遠馬の母・仁子を演じた『共喰い』(2013年)では、器用に義手を使いこなして魚屋を営む、生活にまみれた中年女の心に秘めていた情念の炎をたぎらせてみせた。

 また、加瀬亮が日本映画の黄金期を築いた木下恵介監督に扮した『はじまりのみち』では、体も言葉も不自由な恵介の母・たま役。戦争という荒波に巻き込まれながらも、お互いを思いやる母と息子の情愛をしみじみと表現した。旅の途中で恵介に、顔の汚れを拭き、髪の毛を整えてもらったときのたまは、まるで菩薩様のように、神々しい佇まいであった。

 昭和のお母ちゃんも、ドラマ『Woman』(2013年/日本テレビ系)や『わが家』(2015年/TBS系)などでの現代のママも、ステレオタイプな古き良き日本のおふくろではなく、それぞれの人生を歩んできた、ひとりの女性として見事に演じ分け、息子でも娘でも、懐深く受け入れる田中。彼女はまさに、日本のお母さんの必須アイテムである、かっぽう着のような包容力で、作品世界を包み込んでしまう。そこには、観るものの共感を呼び起こす普遍性が生まれている。

誰もが身近な存在を投影し共感できる

  • 連続テレビ小説『まれ』(C)NHK

    連続テレビ小説『まれ』(C)NHK

 現在放送中の朝の連続テレビ小説『まれ』(NHK)では、主人公・津村希(土屋太鳳)の祖母代わりの女性・桶作文を演じている。さらりと毒を吐くが心根の優しい、肝っ玉ばあちゃんだが、あなどるなかれ。かつては夫・元治(田中泯)と弥太郎(中村敦夫)との間で取り合われたという、登場人物中ピカイチのモテ・エピソードも持っている。6月19日放送の回では、行き詰まるまれに「女の求める愛と男の愛は違う」という名言を(腹をポンとひとつ叩きながら!)吐く、正真正銘の魔性の女なのである。

 土屋、清水富美加、門脇麦、山崎賢人、大泉洋ら『まれ』キャストの好演が話題になっているが、そんななかでも、役柄にもキャスト本人にも、年齢性別を問わず幅広い世代からの好感がもっとも集まっているのは、田中ではないだろうか。文の息子・桶作哲也(池内博之)が登場する週の話のラストは号泣ものだった。田中の好演は当たり前すぎて声としてあまり上がっていないのかもしれない。しかし、誰もがその姿に自身の母親や祖母など身近な存在を投影することができ、共感させられるから物語の世界に惹き込まれてしまうのだ。

 また、年齢不詳の円熟した色っぽさで、母親役に止まらず、年を重ねてもなお、男たちを惑わすファムファタール役ができることも、田中のすごさである。例えば2005年度キネマ旬報ベストテン主演女優賞を受賞した『いつか読書する日』と『火火』。『いつか〜』では、30年以上も幼なじみ(岸部一徳)を思い続ける、50過ぎの独身女性の成熟した恋を情感豊かに演じた。また『火火』では、骨髄バンクの立ち上げに尽力した、実在の女流陶芸家・神山清子をパワフルに熱演。対照的な女性の人生を、奥行きのある芝居を見せつけて、見事なまでに演じきった。このほかにも向田邦子作品や、高倉健の指名で出演の決まった『夜叉』(1985年)以降、高倉と夫婦役で共演した『ホタル』(2001年)、高倉の遺作となった『あなたへ』(2012年)などでの妻役も印象的だった。

 時代も、境遇も、年齢もさまざまないろいろな女を演じた、あらゆる経験が血や肉となり、しっかりと地に足のついた母親像を形づくることができるのだろう。そして、誰もの心をすぐ側に引き寄せるような温かさと優しさをにじませる田中の人がらと演技、純和風な佇まいは、昭和世代だけでなく今の若い世代からも好かれている。今年4月には還暦を迎えた田中だが、精力的な女優活動は続いている。その姿を楽しみにしているファンは多い。

あなたにおすすめの記事

メニューを閉じる

 を検索