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時代性に逆行!? Acid Black Cherryのこだわりとクリエーター魂とは
全100Pにおよぶコンセプトストーリーを元にできた壮大な新作
これまでも、1stアルバム『BLACK LIST』(2008年2月)で「七つの大罪」を題材に、2ndアルバム『Q.E.D.』(2009年8月)では、1940年代に実際に起きた“ブラック・ダリア事件”をモチーフにして制作。3rdアルバム『『2012』』では、「マヤ暦の予言」を元に架空のストーリーを構築して、それを元に制作して来た。最新作『L−エル−』では、yasuはエルという女性の波乱の人生を軸にした壮大な物語を書き上げ、その上で各エピソードに照らし合わせるような形で、収録された全14トラックを制作した。アルバムには、実際にyasuと制作プロデューサーで書き上げた、全100ページにおよぶコンセプトストーリーブックが同梱されている。
主人公の女性=エルの幼少時代から物語は始まる。明確にはされていないが、舞台はヨーロッパのどこかで、時代は中世から現代に移り変わった頃といった雰囲気。1曲目「Round & Round」では、重く陰鬱なサウンドで、暗く灰色がかった街の様子が描かれる。少女だったエルは、絵描きの少年オヴェスと出会い引き裂かれ、数奇な運命に翻弄されていく。物語はエルの人生を追いながら、ときおりオヴェスの視点からも語られる。その名も「L−エル−」という楽曲では、少年のやさしい語り口調と温かみのあるサウンドで、オヴェスの気持ちが表現された。また、街では愛と憎悪が繰り返され、エルもまたそんな夜の世界に身を投じていく。物語には「Adult Black Cat」というキャバレーが登場する伏線もあり、3rdアルバム以降にリリースされた「Greed Greed Greed」、「黒猫〜Adult Black Cat〜」、「君がいない、あの日から…」、「INCUBUS」といったシングル曲が、巧妙にストーリーとハマっていく。エルとオヴェスがいったいどんな人生を送るのか? そして気になる結末は? 実際に目と耳で確かめてほしい。
気軽に制作販売できる時代に、あえて時間と労力を掛けて音楽と真摯に向き合うyasu
コンピュータやレコーディングの技術が発達し、自宅で録音したものをそのままCDにして、ネットで簡単に販売できる時代。パッと携帯にダウンロードしてその場ですぐに聴ける、気軽なものを多くのユーザーは求め、それは制作側にとっても、制作費をかけずに作品を作れるとあって、甘んじて受け入れているところがある。ABCのアルバム『L−エル−』は、かけた労力と費やした時間を考えれば、今という時代性に逆行しているのかもしれない。しかし実際に作品を手に取ってみれば、装丁の豪華さと重厚さも加わって、それだけの価値を感じるはずだ。また、ジャケットにはエルの肖像画が描かれ、DVD付盤にはコンセプトストーリーブックが付くという、隅から隅までyasuの創造したコンセプトが行き届いたものになっている。緻密なストーリー構成と、そのなかから生み出された、まるで映画のサウンドトラックのように物語と寄り添いながら、1つひとつの音楽としてのクオリティーを持った楽曲群、そして意志の行き届いたパッケージ。今の時代だからこそより発揮される、yasuのこだわりとクリエーター魂をはっきりと感じられるはずだ。
このアルバム『L−エル−』発売に向けては、2月14日恵比寿ガーデンホールを皮切りに、全国6ヶ所で計18回の先行試聴会も開催された。来場したファンが、サイトに感想文を書くという試みも同時に行われ、各会場には熱心なファンが詰めかけた。yasuからも「僕があれこれ語るよりも、みんなの素直な感想を多くの人に見てもらうのがいちばん」と言うコメントがあった。発売前の楽曲を、少しでも心にとどめておきたいと、無心で聴き入るファンもいれば、なかにはメモを取りながら聴くファンも。全員『L−エル−』の世界にのめり込み、終わった後も放心状態でしばらく席を離れないファンも多数いた。また、3月10日と12日の広島文化学園HBGホールを皮切りに、3月29日東京国際フォーラムホールAを含む全国ツアーが開催される。この『L−エル−』という物語が、どのような演出で表現されていくのか? 小説と音楽が本当の意味で融合されるステージも注目だ。
(文:榑林史章)