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2007年07月25日 14時00分

注目のプロデューサー、シライシ紗トリ

 クレジット表記だけを見ると、謎めいた存在であるシライシ紗(さ)トリ。その売れっ子プロデューサーにして売れっ子ソングライターが初のソロ・アルバムを発表。『Happydom』。その凝ったレコーディングの模様から日米レコーディング事情の差、そしてシライシ流プロデュース指南までを語っていただいた。そこからは音楽そのものと同じほど、音楽にまつわる環境を大切にする姿勢が見えてくる。

N.Y.、ロス、ハワイ、東京で録音したソロ・アルバムが完成

――ソロ・アルバムの構想は、いつ頃からお持ちだったのですか。
シライシ 2年ほど前ですね。構想というほどのものではないですけど。長いこと音楽業界で仕事をさせてもらい、精神的にも金銭的にも、若干の余裕が出てきたのが2年ほど前で、普通なら、何か節目があると車を買ったり、結婚したり、家を建てたりするじゃないですか。それが僕の場合は、アルバムを作ろう、だったという。で、どうせやるなら自分の好きだったミュージシャンの方々とやるほうが得るものもあるし。で、ニューヨークへ行ったのが最初です。

――そこでレコーディングしたのがオマー・ハキム(Ds)やウィル・リー(Bs)が参加している「The Town Of Island」などですね。
シライシ その手ごたえがよかったもので、去年は西海岸へも行こうと。そのロスのレコーディングが固まる頃に、自分的にどういうアルバムになるのか、見えてきた。

――ヴィニー・カリウタ(Ds)やネイザン・イースト(Bs)が参加している「Hug,Hug」などがロス・レコーディングですね。
シライシ アルバムの全体像が見えたところで、ハワイでブライアン・ケスラーのスラック・ギターやケアヒヴァイという二人組のコーラスが入った「Goddess Of The Moon」を録りました。

  シライシ紗トリさん
(作詞家/作曲家/プロデューサー)
71年、福島県出身。96年ミュージカル『ROCK TO THE FUTURE』のサウンド・プロデュースをきっかけに、97年PARADISE LOSTとしてデビュー。その後、CM音楽、サウンドトラックなどの音楽制作に入る。00年からSMAP、ORANGE RANGE、w-inds.、Lead、KILLERS、藤木直人、織田裕二などのアーティストのプロデュース、トラックメイキング、作詞、作曲、編曲に携わる。05年に自身のレーベルCoconut Palm Records Japanを設立し、07年シングル「The Town Of Island」をリリース。


『Happydom』
(XNCP-10002)
2490円(税込)
7月25日発売


――東京でも、サザンオールスターズの松田弘さんやORANGE RANGEのメンバーが参加している「For The Greatest Things」をレコーディングされていますね。
シライシ ええ。そして、マスタリングで再びニューヨークへ戻りました。

――ソロアルバム収録曲は、シライシ紗トリ本来の志向ですか、プロデュース・ワークの反動ですか。
シライシ きっと両方です。たとえばファンク系の「Alchemist」は、何度かいろいろなアーティストのプレゼンに提出したけど、ことごとく落ちた曲だし。引き取り手がないなら、自分でやっちゃおうみたいな。あと、昔からスティングが大好きだったし、彼の『ナッシング・ライク・ザ・サン』が音楽業界で仕事をする精神的なきっかけにもなっていたので。どうせならスティング気分を味わいたいなと(笑)。ニューヨークもロスも、スティングのバック・バンドメンバーが中心です。

――このソロ・アルバムは、単なる趣味ではなく、ご自分への投資でもありそうですが。
シライシ そうですね。ただ好き放題にやりたかったわけではなくて、通常営業のプロデュース・ワークにフィード・バックできるものも得たいとの狙いもありましたから。ソロ・アルバムのレコーディングで知り合った連中とは、もうすでに仕事を始めていますし。海外とインターネットを通じた音のやり取りというテクニカルな点も、ソロ・アルバムのおかげで大きく前進しました。実際、4月に発売になったSkoop On SomebodyとスウェーデンのコーラスグループThe Real Groupとのコラボ曲は、Digi Delivery(デジデリバリー)を使い、お互い東京とストックホルムにいながらにして楽曲制作とレコーディングをしましたから。

――改めて感じた、日米のレコーディング事情の差はありましたか。
シライシ アーティストとミュージシャン、プロデューサーとミュージシャンの距離が近いというか。今回のソロ・アルバムは、アーティストもディレクターもプロデューサーも俺という特殊事情もありましたけど(笑)。いろいろなことが直接対話で進行していくので実感できました。日本の場合は、アーティストとセッションミュージシャン、アーティストとプロデューサー、アーティストとエンジニアの間に、レコード・メーカーやマネジメントが入り過ぎる傾向があると思います。だから本来なら、レコーディングやセッションを通じ、アーティストが消化しなければならないものも未消化のまま、先へ進んでしまっているのかもしれませんね。僕自身の反省も踏まえ、こういう話を日本のレコーディングではしないなと、思う場面は多々ありました。

――即効性はないかもしれませんが、そういうアーティストひとりひとりの経験値がJ-POPの底上げにつながりますね。
シライシ それほど英語が流暢ではない僕でも、直接話すことで伝えられること、伝わってくることはありましたから。

気分は農家、結果はギャンブルがシライシ流プロデュース

――ソロ・アルバム収録曲「Happydom」は、一発録りだそうですが。
シライシ ええ。たまたまミュージシャンが全員揃う日だったもので。ヴィニー・カリウタ、ネイザン・イースト、レイ・パーカーJr.のセッションも見たかったし(笑)。結果的には、曲の解釈を超一流の彼らが迷う様子も見ることができました。15分か、20分くらい探っていましたね。ところが、しばらく経ったら、いきなり化けた瞬間があったんですよ。鳥肌ものでした。ブースの中を、ガラスに貼りついて覗き込みました。神がかり的な瞬間とでも言うんでしょうか。アルバムの初回限定盤には、そのときの模様を収録したDVDをつけました。

――日本のレコーディング現場でも、そうした奇跡と遭遇できるものですか。
シライシ 皆無とは言いませんけど。いつか出会えるという確証もありませんよね…。それくらい確率は低いと思います。だから余計に感動しました。そもそも最近のコンテンツがそうした音楽性を欲していないですよね、日本では。それと日本より圧倒的に音楽があふれているお国柄でもあるし。プレイにより何か、グルーヴなのか、高揚感なのか共有するのも、ビジネスだけのノリではなくナチュラルな行為だと思いましたしね。

――ORANGE RANGEのような若いミュージシャンとの仕事には、そうした貴重な体験ができるかもしれない場を設定してあげることも含まれるのではないですか。
シライシ というか、むしろ俺がしてあげられることは、最新のサウンド云々より、そうしたことかもしれないです。それはつまり、売れなくなったときのことをちゃんと相談してあげられるかってこととか。否が応でも、波はあるし、苦楽はあるわけですから。大事なのは、岐路に立ったとき、どんな立場になってもそれでも音楽の道を進むのか、退くのか、テレビタレントになるのか。それにより、今の活動内容が全然違ってくると思うんです。そういう話もしつつ、楽曲作りや音楽制作に関わることができたら、ベストだと思います。

――それは、ある意味、哲学ですよね。哲学を語るプロデューサーですか。
シライシ それほど大仰なものじゃないです。実際は、ユルユルな会話もだし(笑)。ただ思うのは、アーティストとしての悩みどころは、年齢にはさほど関係がないんじゃないかってこと。アーティストは10代も30代も同じ悩みを抱えている気がします。だから、アーティストの年齢に応じて、こっちが話す内容を変えることはないですね。僕の中での産みの苦しみも、実績のある藤木直人君のそれも、10代のアーティストも同じだし。でも、悩みの処理の仕方には、年齢差が出るから。近頃は、そこまで考えた上で接する必要もあるのかなと、思っていますけど。

――ソロ・アルバムには、SMAPのシングルにもなった「Freebird」のセルフカバーも収録されていますが。シライシ流ヒットの秘訣はありますか。
シライシ ないですね。ある意味、ギャンブルだと思っています。当たるときもあれば、当たらないときもあると。その理由は考えても仕方ない。当たり馬券を百発百中見極める方程式が未だないわけだし。それよりも先へ先へと進むことのほうが有益じゃないかなと。無責任ではなくて。僕の責任は、やはりいい曲を作ること、プログラムに参加することだと思っていますから。その責任をまっとうするためには毎回全力を尽くします。だから感覚的には、ファーマーに近いですね、きっと。いかに美味しいトマトを作るか。しかも無農薬。色艶も素晴しい。そういう心がけでやっているつもりです。

基本は放任主義でも、常に相反する視点でアーティストを見ている

――先日、新人バンドのインタビューをした際、「音のマニアックなところは、一般リスナーにはわからないから、そこはこだわらない」とのことでした。それは彼らの言葉というより、彼らのプロデューサーの言葉だと思いますが。似たようなことをおっしゃる場面もありますか。
シライシ 当然、あります。ミュージシャンですから、重箱の隅に迷い込む場合がありますから。そこは客観的に見ていてあげて、指摘してあげないと。自力ではなかなか抜け出せない場合が多いし。ただし、重箱の隅を突くようなマニアックなこだわりがないと、ミュージシャンとしての成長もないわけで。ある意味、常に相反する目で見ているところはあります。アーティストとは、クリエイターであり、パフォーマーでもあり、ときにはプレイヤーでもあるわけですよね。だから、匙加減について話したりしますよ。とはいっても、俺の場合、基本は放任主義。ハマッたら、まずは放っておきます。プロデューサーの意見やアドバイスが必要なら、いつでも窓口は開けているってスタンスです。

――作詞も基本は放任主義ですか。
シライシ そうです。アーティストそれぞれの書き方がありますから。でも、助け舟を求められたら、僕が筆を入れるというよりも、例題を書いて言いたい事を確認することもします。それをいかに自己流に翻訳するかがアーティストの感性ですから。また、話しながら飛び出してきた言葉をまとめていく場合もあるし。その方法論もまちまちです。ひとつではないですね。書けるまで、じっと待つこともありますし。

――ということは、プロデューサーは我慢強さが必須条件ですか。
シライシ どうでしょうか。僕はせっかちだし。我慢強くもない気がします。だからですかね、自分ではプロデューサーに向いていないと、思ってしまうのは(笑)。拾わないタイプですし。でも、高校生くらいの年齢のアーティストの場合、こっちが気づいてあげる敏感さが必要かなと思うようになりました。そこの処理方法というか、距離感は、僕自身が現場で勉強させてもらっている最中ですね。
(インタビュー・文/藤井徹貫)


       


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