2010年02月28日 08時20分
『幸福の黄色いハンカチ想い出広場』に同映画の絵看板がお目見えした
(写真左より)山田洋次監督、濱松フミさん、「濱松さんの家保存会」の佐藤学さん
『幸福の黄色いハンカチ』映画絵看板除幕式 山田洋次監督「いい記念になった」
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映画監督の山田洋次が27日、北海道・夕張市にある『幸福の黄色いハンカチ想い出広場』を訪れ、同映画の絵看板除幕式に参加した。三浦工芸(札幌市)の絵師が作成した絵看板を目にした山田監督は「この映画は、ここで撮影されたんだなぁと思い出してもらえる、いい記念になったと嬉しく思っています」と話した。
同広場は、映画のラストシーンの撮影が行われた場所で、1989年(平成元年)から6年かけて夕張市が炭鉱長屋を移築するなどして整備した(現在は夕張リゾートが管理)。映画の写真パネルや小道具の展示施設を中心に、黄色いハンカチがたなびく柱などがあり、夕張を代表する観光名所になっている。除幕式には、広場の管理人を2006年まで務めた濱松フミさんも駆けつけ、山田監督と8年ぶりの再会を果たした。しかも、この日は濱松さんの88歳の誕生日で、ダブルのお祝いに沸いた。
濱松さんは終戦後、夫の豊次さんと夕張に移り住み、この地で理容院を営んでいた。1976年に『幸福の黄色いハンカチ』の撮影が濱松さん宅の前で行われ、濱松さんは高倉健をはじめとするキャストに手料理やコーヒーを差し入れするなどして撮影に協力したという。広場が整備されてからは管理人として施設を守り、夕張の、そして映画『幸福の〜』の語り部として観光客にも親しまれた。
濱松さんが生まれ故郷の江別市に移って長女と同居することになり、住み慣れた夕張を離れた翌年の2007年3月に夕張市が事実上の財政破綻。濱松さんの家も取り壊されそうになったが、地元の有志が保存活動に努め、『交流館』としてリニューアルし、来春オープンすることになった。「この家も含めて黄色いハンカチひろばであり、夕張の若者が頑張って残すべきでは」と願っていた山田監督は「みなさんの力で『幸福の黄色いハンカチ想い出広場』を存続してくれてほんとによかった。いつまでもこの広場が、町の象徴になるといいです」と話していた。
除幕式後には、夕張リゾート内のホテル『シューパロ』で、市民による山田監督を囲む会が開かれた。山田監督は「“黄色いハンカチ”は希望です。少しの希望があれば、それを励みにしていける。なんとかうまくいくように考えていけば、良くなっていけるし、それは夕張だけでなく、世界中でも同じことが言える。戦争でたくさんの人が死んだのに、いまだに戦争は続いている。そんなことだと、希望を失ってしまいそうだけど、みんなで遠くの山の光を見つめるように、希望を持っていくことが重要」と映画に託した想いを語っていた。
夕張市で開催中の『第20回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭』4日目の28日には、封切り当時と同じくらいの画質に蘇った『幸福の黄色いハンカチ デジタルリマスター』(4月10日より公開)と、米国でリメイクされた、『イエロー・ハンカチーフ』(ウダヤン・プラサッド監督、6月26日より公開)のプレミア上映が行われる。
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