2012年01月24日 20時32分
探検人生40年 医師でもある関野吉晴氏 (C)ORICON DD inc.
材料の鉄を作ることからスタートし、エンジンを搭載していない太古の船でインドネシアから日本に海をわたって辿り着けるか、実験航海を行った (C)フジテレビ
カヌーを造るため大木に斧を振る関野氏 (C)フジテレビ
探検家・関野吉晴氏、日本人のルーツをたどる旅のドキュメンタリーを放送
日本人はどこから来たのか? 日本人のルーツをたどる旅のドキュメンタリー『新グレートジャーニー〜最終章〜“人類が日本列島へ辿り着いた海のルート4700キロ(仮)』(2月12日放送 後4:00〜5:25 フジテレビ系)の記者会見が24日、東京・お台場のフジテレビ本社で行われ、探検家で医師の関野吉晴氏(63)が出席した。
インドネシアから沖縄まで、日本人が黒潮に乗って日本列島にやって来たことを実証する航海を成し遂げた関野氏は、「何世代もかけて、島から島へ海をわたって日本列島まで辿り着いた。海のルートはきっとあったのだろう。住んでいた土地から追いやられた人たちかもしれないが、その分、工夫して、適応して、生き延びた」と、旅から得た“気づき”を語った。
関野氏は1993年よりアフリカに誕生した人類がユーラシア大陸を通ってアメリカ大陸にまで拡散していったとされる道程を、自らの脚力と腕力だけを頼りに遡行(そこう)する旅「グレートジャーニー」を始める。南米最南端ナバリーノ島をカヤックで出発して以来、足かけ10年の歳月をかけて、2002年2月10日にタンザニア・ラエトリに到着し、ゴールとした。フジテレビではこの旅の記録を1995年より年1回のペースで放送してきた。
2004年7月からは日本人のルーツを探る旅「新グレートジャーニー 日本人の来た道」をスタート。2006年8月に「北方ルート」、2008年に「南洋ルート」を踏破した関野氏は、最終章として今回の「海洋ルート」に挑んだ。
しかも今回は、航海する船を手作りするところから始めた。2008年5月より太古の素材と技術だけで丸木船(カヌー)を造るため、道具(斧、刀、ノミ、金槌など)も千葉県九十九里海岸で砂鉄を集め、日本古来のタタラ製鉄で手作り。風の力(帆走)と人力(パドリング)だけで進むカヌー“縄文号”に乗り込み、2009年4月、日本を目指して、インドネシアを出発する。2011年6月13日に石垣島に到着するまで、台風や異常気象による2度の中断を挟んで、過酷な航海が続いた。「悪天候や風、潮の流れ、自然には逆らえない」と実感を込めた。
関野氏を探検の旅に駆り立てるのは「異文化に出会って初めて、自分たちの文化がわかったり、自分のことに気づく。目からうろこが落ちるような、人生が変わってしまうような体験がしたくて。何歳までやれるかわからないけれど、旅は続けていきたい」と目を輝かせていた。