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岡林信康、35年ぶりの日比谷野音ライブについて語る(その2)

『狂い咲き2007』は、35年前と同じ舞台でも、心境は正反対

──そのボブ・ディランを意識された時代もありましたよね。
岡林 そりゃあったよ。ただ音楽的ルーツというものを顧みたとき、その点では彼を超えられるものが俺にはあると思ったね。アメリカなんてさんざん遡ってもたかだか300年。日本は1000年単位。賛美歌の影響を受け、ディランのコピーもやり、一旦西洋化した上でね、それも財産と捉え、ルーツをたどれるのは幸せなこと。古い民謡なり、祭りの囃子なりを現代の音楽に生かせるわけだから。

──それが『ベア・ナックル・ミュージック』(89年)から始まる音楽的傾向ですね。
岡林 あれもびっくりしたやろ。

 
『御歌囃子信康〜岡林信康・35年ぶりの日比谷野外音楽堂〜狂い咲き2007』
10月20日(土)
東京・日比谷野外音楽堂 17時開演
主催:文化放送
問文化放送ちけっとぽーと:03(5403)3330
──また固まりました(笑)。
岡林 あの頃からエンヤトットのリズムを使った歌づくりを始めたからな。今はそれを“御歌囃子”(おかばやし)とも言うてるけど。ディランと同じステージに立ち、対等に肩を並べて歌えるか、と考えたわけ。憧れやコンプレックスで追いかけているだけでは尊敬には至らないよな。そこですよ。田舎で田植えとかやってみると、人間も鳥や熊も、米や野菜だけでなく、気候風土の産物やと思うわけ。だから、音楽も気候風土から生まれたものをやれば、俺は俺になれると。自分のものを手にしたとき、初めてあっちのものも正統に評価できるだろうし。今ならディランに会えるな。俺にとって意味はなくても、彼にとっては意味があるんじゃないの(笑)。

──『ベア・ナックル・ミュージック』『信康』(91年)は、今聴き直したほうが素直に受け止められます。固まらずに心を開いて聴くことができるというか。
岡林 エンヤトットを約20年やってきて、やっと3年ほど前からやね、観客が反応し始めたのは。前は、昔の歌を一切歌わず、自分が興味のあるエンヤトットだけをやってたわけ。客も可哀想やったよ(笑)。だけど、新しい音楽を作っている最中は、無理なわけですよ、新旧バランス良くなんてことは。ところが、あるレベルに達した手ごたえが得られた3、4年前から、昔の歌もやるようになった。そうすると、エンヤトットの反応も良くなった。こっちが心を開くと、相手も心を開いてくれるってことが今まさに起こっているね、俺のコンサートで。

──『信康』収録の「ロコモーション」にしても無理のないグルーヴを感じますが。
岡林 あれは日本のロック。日本語のロックではなくてね。俺は日本語を日本語のリズムで歌いたかったということ。技術的なことより、あっちのロックに馴染んでしまった価値観を一掃するのに時間がかかったね。あっちのほうが俺達より優れているという意識が消えるまでというか。つまり、本当の意味での誇りを持てるようになるまでには、紆余曲折ありましたよ。それができてからは、演奏や曲作りもうまく行くようになったけど。音楽的な価値観を変えるというか、あるべきところに戻すと、他のいろいろなことも以前とは違って見えてくるものでね。日本は物理的にも小さいんやから、無理矢理に大国を目指す必要はないんちゃあうんとか。小国の何が悪いのとか。単純なことやけどね。

──音楽的な価値観の変革に伴い、過去の楽曲もまた変貌していますね。『岡蒸気』(93年)や『ベストコレクション歌祭り』(01年)『同セカンド』(03年)のように。それがすこぶる生き生きしていますが。
岡林 歌謡曲の歌手の持ち歌とは違うからね。60歳になっても、20歳の頃に作った歌をそのままそれだけ歌ってたら、そのほうが不自然やろ。たとえば歌を聴いているあんたらだって、あの頃とは違うでしょってこと。生きているわけやから。ただ、今回の『狂い咲き2007』には、うっとしいヤツらはもう来ないと思うわ。年やから(笑)。

──71年とは正反対の心境で、同じ日比谷野音のステージに立たれるわけですね。
岡林 そうなるね。約20年の成果を見せられるわけだから。ま、今やってるエンヤトットでグラミー賞でも獲ったら、またはっぴいえんどとやってみるよ(笑)。それくらいのことが言えるところまできている実感があるってことやろね。
(インタビュー・文/藤井徹貫)


  

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