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さまぁ〜ず、くりぃむ、ネプが絶賛“伝説の芸人”村田渚さん突然死の新事実とは?

 ネプチューンがMCを務める20日放送の日本テレビ系『ザ・発言X あの言葉で人生が劇的に動いた!!』(後9:00)で「“あの言葉で”人生が劇的に変わった人、初告白スペシャル」と題した企画を実施。さまぁ〜ずくりぃむしちゅー、ネプチューンらが“天才”と評する伝説の芸人・村田渚さんが、12年前に突然死した新事実が明らかになる。

20日放送の『ザ・発言X あの言葉で人生が劇的に動いた!!』で“伝説の芸人”村田渚さん突然死の新事実が判明(C)日本テレビ

20日放送の『ザ・発言X あの言葉で人生が劇的に動いた!!』で“伝説の芸人”村田渚さん突然死の新事実が判明(C)日本テレビ

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 企画のきっかけとなったのは、さまぁ〜ず・三村マサカズが5月にTwitterでつぶやいた村田さんに関する“とある発言”。人気コンビ・フォークダンスDE成子坂のツッコミとして、多くの芸人たちから一目置かれていた村田さんは、一世を風靡(ふうび)したバラエティー番組『ボキャブラ天国』などで人気を博していたが、番組終了後、コンビを解散。芸人として活動を続けるも、再びお笑い界で輝くことがないまま、2006年11月にクモ膜下出血によって35歳で突然この世を去ってしまった。

 今でも村田さんの才能を惜しむ芸人たちは多く、今回の放送で三村は「ツッコミ同士だったんで渚は…。後輩であり、ライバル」と回想。くりぃむしちゅーの上田晋也が「僕ら世代のトップランナーだった。センセーショナルだったかな…」と語ると、相方の有田哲平も「笑いに飢えている…っていうか。24時間笑いのことを考えてないといけないんだなって、すごく学ばせてもらいました」と感謝の思いを伝える。

 土田晃之古坂大魔王といった『ボキャブラ』芸人たちも「お笑い熱すごい…この人売れるんだろうな」「この人といたら何でもボケられる。唯一無二」と絶賛。村田さんにとって最後の相方となった松丘慎吾や「今までの人生で一番面白いと思った」と慕う後輩芸人のバイきんぐ小峠英二も登場し、その早すぎる死を惜しむ。

 さらに村田さんとプライベートでも親しかった元芸人で現在は映画パーソナリティーのコトブキツカサが、これまで語ってこなかった“新事実”を初告白。村田さんの死にまつわるツラい過去を打ち明ける(インタビューを下記に掲載)。番組ではそのほか、滝沢カレンと亡き祖母との思い出、風間俊介の俳優人生に大きな影響を与えた“ある人気俳優”からの手紙などを公開する。

■コトブキツカサ インタビュー
――村田さんとの出会い
ホリプロの先輩で、僕が入った当時、すでにフォークダンスDE成子坂は、お笑いシーンでは頭ひとつ抜けていて、雲の上の存在でした。でも、多くの先輩方の中でも、若手の楽屋に遊びに来てくれたり、後輩たちが行けないような飲み会に僕を誘ってくれたり。僕のことを「後輩じゃない、ツレだ」って言ってくれていましたね。

――どういう人だった?
いつも僕の話を否定せずに肯定してくれる、こっちに歩み寄ってきてくれる人でした。僕が村田さんとよく飲んでいるっていうと、「あの村田さんと!?」って格がすごく上がるんです。村田さんと飲みたがっている芸人って本当に多くて。酒の席だと芸人って、女性の話とかメシの話とかいろいろあるじゃないですか。でも渚さんは「お笑いだけでいい」って、笑いがアテみたいな感じでした。僕が知る限りトップランクにお笑いが好きな人ですね。お笑いの話をずっとしていたい人なんですよ。

――コンビ解散後から亡くなるまでの思い出
実は、お互い1999年の年末に解散して、年明け2000年1月に村田さんから「何かやらないか」「漫才とかコントとか」って言われたことがあるんです。それってコンビってことですよね。ただ僕は、前の相方の桶田敬太郎さんと比べられる重責にはとても耐えられそうになくて。それにこの関係を崩したくない気持ちもあって、コンビを組むことから、逃げました。結局2人でトークライブをすることになって、最初は路上でやっていましたね。その後、僕の友人でもあった松丘(チャイム・だんな)とコンビを組むって聞いたときは複雑な気持ちになってしまって。クラスのマドンナに告白されたのにカッコつけて断った感じというか、モヤモヤしましたね。

――本番組で“初事実”を語った理由
渚さんの半生を本にしたくて、水道橋博士のメルマガ『水道橋博士のメルマ旬報』で、連載『マン・オン・ザ・ムーン〜僕と村田渚の物語〜』を書いているんです。担当の編集さんが村田さんのファンで「本を出したい」と。そこにちょうど今年が渚さんの十三回忌で、なにかやろうって話が出ていて、やはり渚さんについて知ってほしいなと。これまで語らなかったのは、この事実が僕にとって“本質”じゃないからです。このことで当時、周りから“運命”のようなことを言われたんですが、そこじゃないというか。もし渚さんと僕の運命的なことを考えるなら、僕の芸名ですね。渚さんが亡くなる1ヶ月くらい前に、渚さんがネタで使っていたこの名前を芸名にしたいという相談をしていて。でもその返事がもらえないまま亡くなってしまいました。

――番組を通して伝えたいこと
若い方はご存じないかも知れないですけど、村田渚って人は“隠れた名バイプレーヤー”ではなく、当時から特別な存在だったんです。お笑いの歴史があるなら、1行記されている人だと思っています。お笑いの年表に載る人だと僕は思っていて、それを知ってほしいです。「実は」という存在じゃなくて、確実にいましたから。忘れないでほしいですね。

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  • コトブキツカサ(C)日本テレビ
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