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尾崎裕哉、父・尾崎豊に思い馳せる「“俺がプロデュースする”と言うかも」

 「僕のことを知ってくれるきっかけが“尾崎豊の息子”でも、僕の歌でも、それはどっちでも良くて。僕にとっては、いかに知ってもらえるかが直近のゴールであり、必達点なんですよね」。そう語るのは、故・尾崎豊さんという偉大な父親を持つアーティスト、尾崎裕哉。このほど、1st EP「LET FREEDOM RING」で、念願のCDデビューを果たした27歳だ。

◆リスナーは「どこかに“尾崎豊的な部分”を見つける」

 2歳のときに父親と死別し、その後に渡米。帰国後はバンド活動を行いつつ、社会企業家を目指して慶応義塾大学に進学。同大学院では、コンサートビジネスを研究した。一方、ラジオのパーソナリティを務め、CMにも出演するなど、徐々にメディアにも顔を見せるようになる。昨年は、特番『音楽の日』(TBS系)や『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)で堂々たるパフォーマンスを披露し、その存在感と父親似の歌声で魅了。「反響をもらえたぶん、“僕の歌が誰に届くんだろう? 誰が観ているんだろう?”と、マイクの先にいる人のことを考えるようになってしまったとは思います。意識するから、緊張はしやすくなるかも、という危惧はありました」。そういう意味では、「アーティストとしての自覚は前より増したのかな」と、自身の現在の状況を語った。

 今作「LET FREEDOM RING」に収録されているのは、裕哉の持つ力強さと前向きさを打ち出した「サムデイ・スマイル」、父の年齢を超えたいまの自分の覚悟を綴った「27」、美しく儚げなラブソング「Stay by my Side」、そして自分を存在させてくれた父と母に捧げる「始まりの街」の4曲。このような内容に、聴き手としてはどうしても父親の影を探ってしまうわけだが……。あえてそれを一切感じさせないアプローチもできたのでは?と聞くと、裕哉からは次のような答えが返ってきた。

 「僕の曲を聴いた方は、どこかに“尾崎豊的な部分”を見つけちゃうと思うんです。でも結局は、まず僕がいいと思わないといけないわけで、そこをクリアした曲をどう判断するのかは、聴いてくれた人たちの自由ですよね。尾崎豊が好きなのか、尾崎裕哉が好きなのかは、それぞれが洋服のブランドを選ぶのと同じかな」。そう微笑む彼の目線は、あくまでフラット。だが、「勝負するべきはライブと一緒。ライブは、目の前のお客さんを涙させることができるかどうかという、一対一の向き合いだと思うんです」と、一方ではとても強い信念を覗かせる。

◆「メジャー感を意識した」いまの自分との違いを冷静に分析

 今回のデビューにあたり、プロデューサーの蔦谷好位置に指摘され、これまでの音楽活動と変化したことがあったという。「それまで僕に見えてたものは東京近辺の人たちだったけど、蔦谷さんに『遠くの地方にいる女の子にいい歌だと言ってもらえる、都心だけよりもっと広い範囲の人にいいと言ってもらえるのが、ジャパニーズ・ポップだ』と言われて。そこが見えた上で作った楽曲は、やっぱり形が変わりました。歌いたいことや作り方は変わらないんだけど、自分自身を強く出す曲こそ世の中にちゃんと届けることや、メジャー感というものを意識しようと思うようになりました」。

 さらに、そのような経験を経たせいか、父親と自分との“違い”も、冷静に分析できるようになった。「たぶん尾崎豊は、最初は“売れること”をそこまで期待されていなかったから、そんなに考えてなかったんじゃないかな、と思うんです。だから、作りたいものを一生懸命作ろうとしていたんだと思う。でも僕は、多くの人に届けることを目標にして作っているから、そこでの違いはあると思います」。取材の中で尾崎裕哉が見せた素顔は、朗らかな好青年。飄々としながらも、「自分がやりたいと思ったことに真摯に向き合って、最終的にはやるべきことをすべてやるっていうところはあるかな」という強さもある。いわゆる“二世”でありながら、どこか“新世代”を感じさせる気風。父親のことを語る姿も、とても自然体だった。

◆もしも父親が生きていたら、きっと「頑張れ!」と言ってくれる

 そんな彼に、若き日の尾崎豊さんのコメントが掲載された雑誌(オリコン 1985年2月1日号)を見せてみた。当時、豊さんは「チャートインしたことを父親が喜んでいる」と語っていたが、もしいまもそばに豊さんがいたら、息子にどんな言葉をかけただろうか。「生きていたら、けっこうやかましい感じの父親だったんだろうと思います(笑)。でも、応援はしてくれるんじゃないかな。僕が生まれたとき、『ミュージシャンにしたい』と、彼は言ってたので。だから、僕がいま何かを伝えられるとしたら、『頑張ってます!』と言いたいし、『頑張れ!』って言ってくれるんじゃないかな。『俺がプロデュースする!』とか言い始めたりするかもしれない……(笑)」。

 親子でユニットを組んだとしたら、「声が似てるから、どっちがどっちかわからないっていう」と、冗談交じりに語った裕哉。余計な気負いもなく、今作のタイトルのとおり自由に、彼は自分だけの新たな道へと進もうとしている。
(取材:川上きくえ)



関連写真

  • 1st EP「LET FREEDOM RING」を発売した尾崎裕哉 写真:鈴木一なり
  • 故・尾崎豊さんが登場したオリコン1985年2月1日号 (C)oricon ME

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