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藤村俊二さん“らしさ”溢れた献花の会 600人が最後の別れ

 「おヒョイさん」の愛称で親しまれ、先月25日に心不全のため亡くなった俳優の藤村俊二さん(享年82)の「献花の会」が14日、東京・渋谷の慈雲山 長泉寺でしめやかに営まれ、多くの著名人、関係者ら約600人が参列した。

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 祭壇には、遺影の中で笑顔をみせる藤村さんを囲むようにかすみ草やローズマリーが彩られ、自身だけでなく周囲も引き立てた俳優人生を表現。生前に書き留めていたメモや自身が経営したワインバーの木製看板をはじめ、愛してやまなかったワイン、老眼鏡など、故人の愛用の品が脇に飾られた。

 藤村さんが所属した「昭和九年会」の森山周一郎、中村メイコをはじめ、笑福亭鶴瓶小堺一機高木ブーうつみ宮土理野口五郎石丸謙二郎ダウンタウン浜田雅功薬丸裕英田山涼成林家たい平川上麻衣子らが献花に訪れた。囲み取材に応じた参列者たちからは「(祭壇が)おひょいさんらしい」と声があがっていた。

 藤村さんと共に「昭和九年会」創立メンバーの一人だと話した森山は「年齢的にしょうがないね。創立メンバーでは私が一人になってしまった」と淋しげ。中村も別れを惜しみつつ「私とおひょいは、純粋な東京っ子。血のつながらない双子みたいで、いつもオシャレやお酒、異性の話をしてましたね」と思い出に浸った。

 芸能界の荒波をその独特な存在感で軽妙に渡り歩いた藤村さん。公私共に親交の深かった小堺は「オシャレの極地。すごいすてきでした」。俳優として憧れを抱いていたという田山は「どれだけマネしようと思ってもなかなかついていけませんで…。自然なセリフ使いをこれからできたらマネしたいですね。大変、影響を与えてくださった」と羨望の眼差しを向けた。

 藤村さんは1934年、神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学を中退後、東宝芸能学校を卒業。「おヒョイさん」の愛称とともに軽妙な語り口と飄々(ひょうひょう)としたキャラクターで親しまれ、『ぴったしカンカン』などのバラエティー番組や、俳優としてドラマ『王様のレストラン』、映画『デスノート』に出演するなど幅広く活躍した。2015年12月、ナレーターを務めていた日本テレビ系『ぶらり途中下車の旅』を降板し、以降は療養生活を送っていた。



関連写真

  • 藤村俊二さん「献花の会」がしめやかに (C)ORICON NewS inc.
  • 故人の愛用の品が脇に飾られた (C)ORICON NewS inc.
  • 藤村俊二さん「献花の会」に参列したうつみ宮土理 (C)ORICON NewS inc.
  • 藤村俊二さん「献花の会」に参列した林家たい平 (C)ORICON NewS inc.
  • 藤村俊二さん「献花の会」に参列した石丸謙二郎 (C)ORICON NewS inc.
  • 藤村俊二さん「献花の会」に参列した田山涼成 (C)ORICON NewS inc.
  • 藤村俊二さん「献花の会」がしめやかに (C)ORICON NewS inc.
  • 藤村俊二さん「献花の会」がしめやかに (C)ORICON NewS inc.

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