洋楽ディレクターとして活躍し、ユニバーサルミュージック会長などを歴任した石坂敬一さんが昨年12月31日、虚血性心不全のため亡くなった。71歳だった。葬儀は近親者のみですでに密葬にて執り行われ、2月8日に東京・青山葬儀所で「石坂敬一さんお別れの会」が営まれる。 石坂さんは1968年に東芝音楽工業(当時)に入社。洋楽の名物ディレクターとしてザ・ビートルズら数々のヒット作を手がけ、ピンク・フロイドのアルバム『アトム・ハート・マザー』に『原子心母』と印象的な邦題を付けるなどして日本に洋楽を定着させた。邦楽でもBOφWY長渕剛矢沢永吉らを担当したほか、ユニバーサルミュージックやワーナーミュージック・ジャパンのCEO兼会長、日本レコード協会会長、オリコン社外取締役などを歴任。2009年に紫綬褒章、15年には旭日中綬章を受章した。

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