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太川陽介&蛭子能収、最後の『路線バスの旅』は福島から秋田へ マドンナは新田恵利

 俳優の太川陽介と漫画家でタレントの蛭子能収が、毎回異なるマドンナ(女性ゲスト)を迎え、台本なし、仕込みなし、路線バスだけを乗り継いで3泊4日でゴールを目指すテレビ東京の人気番組『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』の第25弾が、1月2日(後5:55〜9:00)に放送される。すでに公表されているとおり、この第25弾をもって太川と蛭子は番組を卒業。22日、都内のテレビ東京本社で取材に応じた。

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 2007年から足掛け10年続いた同番組では、地図とにらめっこしながらゴールを目指す太川とマイペースな蛭子コンビがすっかり定着。先週、最後のロケが行われた。マドンナに元おニャン子クラブの新田恵利を迎え、福島県会津若松市から秋田県由利本荘市を目指したが、「相変わらずひどかった。雪道をけっこう歩いんで、しんどかった」と太川。蛭子は「無になって歩きました。しゃべると疲れるから話さないようにしていました」と安定のマイペースだったにしても、とびきりハードな3泊4日になったようだ。

 卒業の理由については「全部行きつくしちゃって…もうルートがない」と説明していた太川だが、「ロケ中も『終わるんでしょっ』と、声をかけられて、(番組を卒業することが)浸透していることが驚きだった。いつかルートは尽きて終わりが来ると思っていたが、現実にその時が来たときはさびしかったけれど、来るものが来た感じだった」と心境を語った。

「(ロケ中に)ありがとうございますと言われた番組は初めて。いい番組に関われたんだ、やってよかったと思いました。最後のロケから帰った翌日、バックの整理をしていたら、暗い所で地図を見る時に使っていたライトが出てきて、『これもういらないんだ』と寂しくなりました。番組が好きで、観てくれた皆さんに感謝しています」と思いを込め、全25回の旅のリストを見ながら「やり残したことはなかった」と話した。

 一方の蛭子は、「マドンナは皆、太川さんの方へ行く。俺のことなんて皆どうでもいいと思っている」と嫉妬をさらけ出し、初めの頃は太川のことをあまりよく思っていなかったこと、ロケ先で太川から仕事がなくて苦労した時期の話を聞いて、見る目が変わったことなどを明かした。「忘れちゃった」などと、のらりくらり質問に答えているうちに蛭子は「(バスを乗り継ぐために)歩くことがつらくて、腰も痛くて、ハアハア言うようになって、そんなこんなで、(番組を卒業することになって)太川さんには悪いと思っています。俺に責任あるよね、ごめんね」と謝るひと幕も。

 太川も「3回目くらいかな、前向きじゃないことばかり言う蛭子さんが、本当に嫌いでした。でも、だんだんこの人の味なんだってわかってきて、面白いと思えるようになっていった」とぶちまけ、「一緒に卒業しようって言ってたんだから」とはかりしれない絆を感じさせた。

 加齢により、体力だけでなく、毒舌も鈍くなってきたという蛭子だったが、「バスに俺たちしか乗っていないことも多かったよね。これで、よくやっていけるなって思っていた。路線バスなくなりそうな気がするんですけど。もっとあちこちで路線バスが走っていてくれたら歩かずにすんだのに、そこまで番組の影響力はなかったですね」と毒を吐いて笑いを誘っていた。

 とはいえ、同局では「タレントが路線バスで旅する」番組自体は今後も継続する予定。太川&蛭子による最後の路線バスの旅の結末は? ゴールまでたどり着けたかどうかの通算成績は17勝7敗。有終の美を飾れるのか。



関連写真

  • (左から)太川陽介、蛭子能収 (C)ORICON NewS inc.
  • (左から)太川陽介、蛭子能収 (C)ORICON NewS inc.
  • (左から)太川陽介、蛭子能収 (C)ORICON NewS inc.

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