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SMAPのマンネリと進化を支えた“スマスマ”、いかにして偉大なバラエティとなり得たか?

 様々な角度からSMAPに迫る連載第17弾。今回は、12月26日に終わりを迎える『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)について考察したい。放送開始から20年、SMAPの人気を不動のものとした“スマスマ”。同時にこの番組は、SMAPのマンネリと進化のベースとして、彼らの活動の根本ともなってきた。“スマスマ”は、いかにして生まれ、そして終わりを告げるのか。私たちはそれをどう受け止めるべきだろうか?

◆中居が大事にしてきたマンネリと進化、すべてのベースは“スマスマ”に

 12月26日の放送をもって、『SMAP×SMAP』が終わる。

 12月上旬に収録を済ませたという歌のコーナーでは、5人で「世界に一つだけの花」を歌ったことが報じられている。『SMAP×SMAP』という番組に関する考察は、すでに多くの記事を目にしてきた気がするので、このコラムでは(希望的観測も含め)一つの仮説を立ててみようと思う。

 雑誌でSMAPの5人を取材するとき、個別のインタビューで私は基本的に中居正広の担当だった。彼の発言はいつも示唆に富んでいて、楽曲に関することでも、SMAPに関することでも、個人の活動に関することでも、常に何らかの信念に基づいて発言し、行動している印象があった。慎重かつ大胆。そして何より人情家。失敗することや恥をかくことは恐れないが、仲間が傷を負わないような配慮は怠らない。特に感心したのは、彼の「マンネリと進化が大事」という発言だ。年末の号での取材では、だいたいその年を振り返ってもらうのだが、2年前の2014年を振り返った彼は、「SMAPとして、年に一つは何か新しいことをしたいと思っていて、2013年は“スマスマ”の“5人旅”で、2014年は全員で“27時間テレビ”(フジテレビ系)の司会をしたこと」と答えていた。“スマスマ”のレギュラー放送はマンネリという名の安定感、定番感を維持しつつ、どこかで新しいことにも挑戦していく。“27時間テレビ”といえば、SMAPから中居だけが司会を担当したときも、生放送の“ビストロSMAP”で、メンバーが応援に駆けつけたりと、“スマスマ”がSMAPを代表するバラエティ番組として定着して以来ずっと、中居はこの番組をベースにして、SMAPの“マンネリ”と“進化”を模索してきたのだと思う。

◆SMAPのブレイクに一役かった“スマスマ”の前身番組の存在

 ところで、96年4月にスタートした“スマスマ”には、前身となった深夜番組がある。95年4月から9月末までの約半年にわたって放送された『SMAPのがんばりましょう』(同系)。月曜から金曜まで、歌にコントにトークにドラマと日替わりメニューが用意された、10分の帯番組である。アイドルが大喜利に挑戦したり、ソロでそれまでとは違うタイプの楽曲に挑戦したり、パジャマでトークしたり。当時は既に、テレビ東京の『愛ラブSMAP!』でもコント的なことに挑戦したり、体を張ったチャレンジがあったりしたし、朝日放送の『キスした?SMAP』では中居がメキメキと司会の腕を上げていた。また、巷にスーパーキックベースを流行らせた『夢がMORI MORI』(フジテレビ系)では、六つ子の「おそ松くん」をモチーフ(?)に、それぞれがキテレツなキャラクターに扮して「音松くん」名義でCDをリリースし、中居、草なぎ剛香取慎吾の3人は『笑っていいとも!』(同系)のレギュラーとしても活躍していた。そんな多彩かつ体当たりな彼らの才能とエネルギーを、『SMAPのがんばりましょう』は1日10分という短い時間に集結させていたし、しかも、全体に都会的なおしゃれっぽさが漂っていた。

 SMAPが“いつ”ブレイクしたかを正確に定義するのは難しい。音楽なら“「がんばりましょう」だ!”という人もいるかもしれないし、“いやいや、初めてオリコン1位をとった「Hey Hey おおきに毎度あり」でしょう”と主張する人もいるだろう。テレビ番組に関して、一般の認知度がぐっと上がったのは当然“スマスマ”だが、初期の彼らを知るファンからすると、『SMAPのがんばりましょう』という番組がスタートしたとき、何かが変わった。

◆“大人がハマるアイドル”SMAPの誕生、もてなしの心が番組に

 というのも、それまでのアイドルは、ティーンのためのものという印象があった。実際、解散や引退こそしなくても、20代も半ばを過ぎたアイドルは、“違うジャンルへの進出”を模索し始めるのが常だった。でも、最初から音楽以外のジャンルへの進出を余儀なくされていたSMAPは、歌で熱狂させたり、甘いセリフでハートをキュンキュンさせたりする以外にも、人を喜ばせたり、感動させたり、元気付けたり、笑わせたり……、エンタテイナーとしての様々な技を磨いていた。だから、「ルックスのいい男の子に対してキャーキャー嬌声をあげるなんてバカみたい」とか「私はそんなミーハーじゃない」などと、アイドルに抵抗があった20代以上の女性にも受け入れられたのである。SMAPこそ、今では当たり前となった“大人がハマるアイドル”の先駆けなのである。

 ところが、である。『SMAPのがんばりましょう』は、スタートして半年後にあっけなく終わってしまった。「あんなに面白かったのに、一体なぜ?」と思っていたら、半年後、月曜午後10時というプライムタイムに、1時間枠で『SMAP×SMAP』が始まることになった。新番組が始まることが、あんなに待ち遠しかったことはない。“スマスマ”の第1回放送は、木村拓哉主演のドラマ『ロングバケーション』(同系)の第1回放送のあと。ロンバケもとてつもなく面白かったけれど、『〜がんばりましょう』を偏愛していた私ですら、“スマスマ”の面白さには驚嘆した。自分が想像していたよりずっと、彼らのポテンシャルは高かったのだ。惚れ惚れしたし、誇らしかったし、嬉しかったし、何よりも番組そのものを心から楽しむことができた。誰に勧めても面白いと思ってもらえそうなクオリティの高さはもちろん、“ビストロSMAP”やS-Live(初回のゲストは中森明菜!)での、彼らがゲストを心からリスペクトする精神にも痺れた。料理も歌もコントも、自分たちはプロじゃない。アマチュアだからこそ、精一杯、全力を尽くす。心を込める。もてなす。“仕事だから出演した”のではなく、心から“来てよかった”と思ってもらえる空間を作る。そんなとても人間らしい“心”が、彼らの一挙手一投足に現れている気がした。

◆コントもライブも、後生まで語り継がれるバラエティに進化

 ことさら“SMAP起源説”を主張するつもりはないが、現在当たり前になっていることで、SMAPというグループ、またはSMAPのメンバーが“最初にやった”ことはとても多い。“ビストロSMAP”が始まった頃は、20年後に“料理男子”がこんなに市民権を得るなんて、誰も想像していなかっただろう。いつも謙虚な草なぎが、木村拓哉に対してまるで下克上でも起こすように突然大上段に構えた態度を取り、それに対して木村がキレるふりをする“ケンカコント”も、芸人がやるならともかく、芝居のうまい2人がやることが新鮮だった。最初見たときなど、ドッキリかと思うほど緊張感があった。この“下克上コント”はその後、『うたばん』(TBS系)で中居と大野智に受け継がれ(?)、石橋貴明に入れ知恵された大野が、中居に暴言を吐き中居がキレるという流れも、嵐が登場した際の『うたばん』のお約束になっていた。

 コントなら稲垣吾郎の“ゴロクミ”の特殊メイクには度肝を抜かれたし、富士登山などの過酷な罰ゲームにはハラハラした。ドラマのパロディにドッキリで本人が登場したり、“ビストロSMAP”からは何冊ものレシピ本がヒットしたり、とにかくたくさんの話題を提供してきた。マイケル・ジャクソンが出演した唯一の日本のテレビ番組であり、例えばフジテレビにおける、『オレたちひょうきん族』のように、後世まで語り継がれる、伝説のバラエティとなることは間違いないだろう。

◆“スマスマ”とSMAPの終わり、それが進化への一区切りならば……

 もうすぐ、一つの偉大な番組が終わる。番組名にもなった偉大なアイドルグループは、その代表的な番組が終了した5日後に、解散することになっている。でも、SMAPの5人が生きている限り、彼らがそれまで培ってきたスピリットやテクニック、キャリアが失われることはない(もちろん、仲間への信頼も)。21年前の、『SMAPがんばりましょう』は、それまで彼らが丹精込めて耕してきたバラエティの畑に、花を咲かせて実を結ばせるような番組だった。番組は半年で終わったけれど、その半年後には、同じ畑で、もっとたくさんの花を咲かせ、もっとたくさんの実を結ばせる番組が始まり、20年も続いた。今、おそらく多くのファンが求めているのは、中居のいうところの“マンネリ”だ。SMAPが、これからもずっとずっと続いていくこと。でも、SMAPのためには、“進化”も大事なのである。

 だから、こう思うのはどうだろう。12月31日の解散は、SMAPがこれからも進化していくための一つの区切り。年に一つは新しいことに挑戦するSMAPの、その戦略の一つなのだと。

 解散する、と予告されているその日が近づいている。“スマスマ”の最終回を、どんな思いで見つめるのか、今はまだ想像がつかないけれど、後ろを振り返るのではなく、とにかく“前に”“スス”んでいくのがSMAPスピリット。少なくとも私は、2016年、“たったの50年”の半分の年に、こんなにもSMAPのことをたくさん思うことができて、SMAPの偉大さをあらためて実感することができて、そのことは、ある意味幸せだったと思っている。当たり前にあると思っていたことが、実は当たり前でないと知ること。それは、人に優しくなるための、大切な“気づき”だと思うから。
(文/菊地陽子)



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