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香取慎吾、小学生からずっと――末っ子が生きてきたSMAPという人生

 様々な角度からSMAP連載第10弾。今回は、SMAPの末っ子・香取慎吾を語る。グループが結成されたのは、香取が小学生の頃。それから39歳の今に至るまで、その人生のほとんどは “SMAPの香取慎吾”であった。解散についていろいろな報道がなされてはいるが、香取がグループを愛する“SMAPバカ”であることは、疑いようがない。

◆“言っていいこと”“悪いこと”の境界線上に――

 「そもそも、何で終わるんですか?」

 2014年3月31日。『笑っていいとも!』(フジテレビ系)のグランドフィナーレで、香取慎吾は、タモリに向かってそう質問した。「答えはいりません。ちょっと我慢できないので言います」と前置きして、長きに渡ってレギュラーを勤めた番組が終わってしまうことの理不尽さと寂しさと悔しさとを、そのひと言に託した。

 テレビのバラエティ番組には、基本的にはベースに台本がある。それが生放送のアドリブであればなおさら、出演者は、“言っていいこと”と“言ってはいけないこと”の線引きを気にしながら発言しているはずだ。香取のこのひと言は、たぶん、言っていいことと悪いことの境界線上にあって、SMAPでも“末っ子キャラ”の香取だからこそ、許された発言なのだと思う。

◆SMAPという“家族”の末っ子、“本音”をもらす得意技

 香取が“いいとも”のレギュラーになったのが17歳。幼い頃から常に大人に囲まれながら仕事をしてきたせいか、とぼけたふりをして“本音”をもらすことは、言ってみれば彼の得意技だった。“本音”とは少し違うけれど、2002年の『SMAP×SMAP』(同系)の“SMAP裁判”というコーナーでは、自分が小学生のときに、メンバーの連絡係を任されていたことを、証拠のカセットテープを持ち出して暴露したこともある。幼い声で、「4月から小学6年生」と話す香取が、メンバーそれぞれに翌日の待ち合わせ場所や持ち物を伝え、自分も話した内容を忘れないために、会話をカセットテープに録音していたのだった。SMAPデビュー20周年を迎えた頃から、過去の出来事を振り返ることが多くなった。そのたびに香取が面白エピソードの口火を切った。たとえば2014年の『武器はテレビ。SMAP×FNS27時間テレビ』(同系)の“27時間ナショー”では、東野幸治から「(解散危機は)何回くらいあったのか?」と質問され、「ありましたよ、3か4あたり」と、他のメンバーが沈黙する中、真っ先に答えたのが香取だった。

 最近のアイドルグループやダンス・ボーカルグループには、大抵、“末っ子キャラ”と呼ばれる存在がある。でも、思い返してみると、“末っ子キャラ”という概念を世の中に浸透させたのは、誰であろう香取慎吾である。5人兄弟とか大家族とか、そんな賑やかなファミリー像になかなかお目にかかれなくなった時代に、SMAPというグループは、比較的早い時期から、メンバーそれぞれの“役割”のようなものを確立させていた。SMAPを一つの家族にたとえるなら、年長の中居正広木村拓哉が“両親”のような立場で、優しく、時に厳しく、下の4人の面倒を見た。兄弟は上から順番に、稲垣吾郎森且行草なぎ剛、そして香取。SMAP結成当初、小学生だったのは香取だけで、ランドセルを背負ってテレビ局に通っていた逸話もある。デビューしたのが中学3年、14歳のときで、中居と木村はその年の3月に高校を卒業していた。

◆「慎吾ママ」も「カニ蔵」も ギリギリの線で笑いをとる大胆さ

 末っ子は要領がいいとよく言われる。たしかに、末っ子であれば、上の兄弟たちの振る舞いを参考にしながら、何事も失敗をしないようにうまくやることができる。しかも、“できない”“わからない”ことは当たり前。これだけみんなに愛されて育っているのだから、中身は天真爛漫のはず、という世の中の思い込みにも後押しされ、何かやらかしてしまっても、大抵、“末っ子だから”と許される。SMAPにおいても、多少香取が暴走したとしても、“まぁ、慎吾だからね”と笑って許されてしまう場面は何度もあった。“ビストロSMAP”(『SMAP×SMAP』内)では、試食のときに香取がゲストの過去を発掘したコスプレで登場することも多いが、ある種のゲストにとっての恥部を、笑いに変えることができるのは、香取の末っ子パワーの成せる業といえるかもしれない。市川海老蔵のパロディ芸のカニ蔵だってそうだ。オマージュ(尊敬)と無礼、そのギリギリの線を突き、笑いを取れるあの大胆さ。何をやってもグロテスクにならず、そこはかとない“可愛さ”が漂う。何より、彼自身がそれを楽しんでやっていることが伝わってきて、観ているこちらまで楽しくなる。

 その、香取が生み出すハッピーなキャラクターの究極が、「慎吾ママ」だったのだろう。毎週土曜日に中居正広と2人で司会を勤めたバラエティ『サタ☆スマ』(同系)から生まれたキャラクターで、“中居パパの赤ちゃん預かります”と“慎吾ママのこっそり朝御飯”など、一般人とのサプライズな絡みが満載で、作り込まれた歌やコントに彩られ“芸達者”な側面が光る『スマスマ』に対し、『サタ☆スマ』では中居と香取の“素”の部分に触れられた気がしたものだ。

◆「SMAPでも、つらかったり苦しかったりすることがあって」

 また、『笑っていいともグランドフィナーレ』でのタモリへのスピーチに戻るが、そこで香取は、「テレビに出ている僕ですけど、SMAPでも、つらかったり苦しかったりすることがあって。笑ってなきゃいけないのがつらいときもあって……。でも始まったら、笑顔になってる自分がいて」と涙をこらえながら話していた。SMAPの末っ子であることも手伝って、一般的には“天真爛漫”だと思われがちな香取だが、実は彼には独特の影がある。もちろん、そんなことはファンならずっと以前からわかっていた。だからこそ、ドラマ『未成年』(TBS系・95年)や『ドク』(フジテレビ系・96年)では、胸が締め付けられるような孤独や絶望や哀しみが表現できたのだ。11歳から芸能界にどっぷり浸かっていた香取の場合、いわゆる思春期に、もう仕事で自分を表現しなければならなかった。本来なら、将来自分が歩むべき道を模索して、様々な自我の壁にぶつかるべき時期に、歌って、踊って、芝居をして、カメラを向けられればニッコリ笑って、取材で自分の話をして……。“自我”なんてものと格闘する暇もないくらい、目の前にある“やるべきこと”に忙殺された。

 だから彼には、“つよぽん”(草なぎ)以外、友達がいない。当たり前だ。小学校6年生から、放課後は連日仕事。学校で友達なんかできるはずがなかった。仕事先では、大人たちに囲まれ、“プロ”としての振る舞いを要求される。2004年のNHK大河ドラマ『新撰組!』で共演した山本耕史に連絡先を“盗まれ”、以降、年に一回は共演者同士で集まるようになった。山本耕史と観月ありさとは同学年で、2014年にはミュージカル『オーシャンズ11』で共演もした。香取と山本の信頼感が垣間見えるシーンもあって、ドキドキした。香取のエンタティナーとしてのスケール感がビシビシ伝わってくる、とてもゴージャスな舞台だった。山本も観月も、香取同様幼い頃からテレビで活躍しているからこそ、世間のイメージと本来の自分との狭間での葛藤を、共有できたのかもしれない。

◆香取慎吾の光と影……だが彼は確実に「SMAPバカ」である

 『いいとも!』が終わって、『オーシャンズ11』に出演して、『27時間テレビ』があって。アルバム制作にコンサートの演出と、2014年の香取は、怒濤の仕事量をこなしていた。洋服をこよなく愛する彼が、『服バカ至福本』という私服満載のファッションブックを上梓したのも2014年のことだ。香取には、いい意味での、“バカ”という言葉が似合う。服バカで、たぶん笑顔バカ。どんなにつらいときも、人前に出れば、自然に笑顔になっていた。笑えないときでも、笑っていた。その笑顔に、何度も何度も、力をもらった。あんなにも、一瞬にしてその場を明るく照らす笑顔を、私は他に知らない。

 一方、この頃から彼は自分の中の“暗部”をあまり隠さなくなって、自らを「スーパービジネスアイドル」と公言したり、“いつも明るく元気な慎吾ちゃん”と、“実は友達のいない孤独なオレ”のギャップ感を、自虐的に面白がるような姿も時折見られるようになった。

 香取慎吾には、ハッピーでキラキラした圧倒的な美しさと、特殊な世界で自我を育んできたことから生まれた劣等感と、それからくる孤独の哀しみのような、人を惹きつける上での両極端の魅力がある。光が眩しければ眩しいほど、そこに映る影も濃い。小学生のときからSMAPで、ライブのときは、よく「おじいちゃんになってもSMAPです」と宣言していた。SMAPは、彼の人生そのものだ。メンバーの誰もが、SMAPを心から愛している。でも、「SMAPバカ」と呼べるのは、香取だけなのかもしれない。
(文/菊地陽子)



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