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冨田勲さん『お別れの会』しめやかに スティービー・ワンダー「彼が遺した作品を祝福しましょう」

 先月5日に慢性心不全のため亡くなった作曲家・シンセサイザー奏者の冨田勲さん(享年・84)の『お別れの会』が15日、東京・青山葬儀所でしめやかに営まれた。映画監督の山田洋次氏や嵐の櫻井翔、経済産業担当大臣の石原伸晃氏ら各界から多くの著名人、関係者が参列し、故人との最期の別れを惜しんだ。

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 「宇宙が好きだった冨田さんが、惑星にいて、宇宙からこちらを見ている」様子をイメージした祭壇は、手前で星のように光っているかすみ草、ガーベラ、ダリアなど計3560本の花で彩られた。遺影には、2013年夏に幕張メッセで行われた音楽フェス『FREEDOMMUNE<ZERO>(フリードミューン・ゼロ)』に出演した際のライブ写真が使用された。諡(おくりな)は「冨田勲大人命(うしのみこと)」。生前の冨田さんの活動をまとめた映像が流された後、山田監督、クリプトンフューチャーメディアの伊藤博之社長が追悼の辞を読み上げ、スティービー・ワンダーの映像コメントが放映された。

 1988年に野外ライブ『トミタ・サウンドクラウド・イン・長良川』で共演するなど、冨田さんと公私にわたり交流のあったスティービーは「その発想は並外れていて、その精神はほかに出会ったことがなく、その心はいつも思い起こさせてくれる」と思いをはせ、「私がどれだけ彼の音楽を繰り返し聴き、その天賦の才能を信奉していたか」と世界を魅了した“TOMITAサウンド”を賞賛。続けて「ご親族の皆さん、あなた方は素晴らしい贈り物を与えられました。だからいまは祝福しましょう。彼が遺してくれた素晴らしい作品を」と画面を通して遺族に語りかけた。

 冨田さんは1932年東京生まれ。慶応義塾大学在学中からNHKの音楽番組の仕事を始め、63年大河ドラマ第1作『花の生涯』をはじめ、計5本のシリーズの音楽を担当。70年頃から当時は未知の楽器だったシンセサイザーによる作編曲・演奏に着手。74年にはシンセサイザーで制作したアルバム『月の光』が米ビルボード・クラシカル・チャート第1位となり、日本人として初めてグラミー賞4部門にノミネート。最先端技術にも積極的に取り組み、2012年11月には詩人で作家の宮沢賢治の作品世界を題材にし、ヴァーチャル・シンガー初音ミクをソリストに起用した「イーハトーヴ交響曲」の世界初演を行った。



関連写真

  • 冨田勲さん『お別れの会』 (C)ORICON NewS inc.
  • 追悼の辞を読み上げる山田洋次監督=冨田勲さん『お別れの会』
  • 遺影は音楽フェス『FREEDOMMUNE<ZERO>』に出演した際のライブ写真 (C)ORICON NewS inc.
  • 『ジャングル大帝レオ』のジャケット (C)ORICON NewS inc.
  • 宇宙が好きだった冨田勲さんをイメージした祭壇 (C)ORICON NewS inc.
  • 日本人初のグラミー賞4部門にノミネートされたアルバム『月の光』のジャケット (C)ORICON NewS inc.
  • 冨田勲さんの祭壇に向き合う山田洋次監督=冨田勲さん『お別れの会』
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