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アントニオ猪木氏、“世紀の一戦”秘話語る「絶対に倒せると思っていた」

 ボクシング元ヘビー級世界王者のモハメド・アリさんが現地時間3日、米アリゾナ州の病院で74歳で死去した。40年前、1976年6月26日にアリと、東京・日本武道館で闘った元プロレスラーで参院議員のアントニオ猪木氏(73)は、12日にテレビ朝日系で放送されるモハメド・アリ緊急追悼番組『蘇る伝説の死闘「猪木vsアリ」』(後8:58〜11:10)に出演し、試合実現に向けて20億円を超えると言われたギャラの交渉や、米ニューヨークで行われた記者会見など、“世紀の一戦”にまつわる秘話を激白する。

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 番組では、15ラウンドを闘い、引き分けに終わった「猪木vsアリ」の試合を放送。試合の中でポイントとなったラウンドを同局の大西洋平アナウンサーの実況に合わせて猪木氏本人が振り返る。「正直言うと本当は見たくないんです」と笑う猪木氏。

 試合中、猪木はアリのパンチを防ぎながら態勢を崩そうとして、リングに寝転がりキックを連発。後にアリキックと命名されることになる。プロレスラーとしての本能で戦った猪木だったが、当時はKO勝ちを十分に意識していた。「5ラウンドあれば、絶対に倒せると思っていた。上から乗っかれば、一発で終わると思っていた。(自分の)蹴りも入り始めたので、とにかく(アリの)足を止めてしまえば」と作戦を明かす。

 当時の実況を担当していた同局の舟橋慶一アナウンサーは、第10ラウンドに放たれたアリのジャブに「初めて当たりました!」と声をあげている。しかし、猪木氏はその前に「アリのパンチが当たっていた」と告白。「戦った人間にしかわからないアリのパンチの速さ、見えていなかった…」と、40年を経過したいまだから口にできる衝撃の事実が語られる。

 試合以外にも、生涯通算3度の王座奪取と19度の防衛、差別、アメリカ社会との軋轢、宗教差別など、次々と訪れる人生の逆境に立ち向かい、はい上がり、そして栄光をつかんできた男モハメド・アリのまさに「Impossible is nothing」な生涯を振り返る。



関連写真

  • 6月12日、テレビ朝日系でモハメド・アリ追悼番組を緊急放送。アリの偉大な生涯を振り返る。写真は1976年6月26日に行われた伝説の「猪木vsアリ」戦より(C)テレビ朝日
  • 「アリキック」を連発するアントニオ猪木(C)テレビ朝日
  • モハメド・アリ追悼番組に出演するアントニオ猪木氏(C)テレビ朝日
  • 6月12日、テレビ朝日系でモハメド・アリ追悼番組を緊急放送。大西洋平アナウンサー(左)とアントニオ猪木氏が伝説の「猪木vsアリ」戦を振り返る(C)テレビ朝日
  • 6月12日、テレビ朝日系でモハメド・アリ追悼番組を緊急放送。アリの偉大な生涯を振り返る。写真は1976年6月26日に行われた伝説の「猪木vsアリ」戦より(C)テレビ朝日
  • 6月12日、テレビ朝日系でモハメド・アリ追悼番組を緊急放送。アリの偉大な生涯を振り返る。写真は1976年6月26日に行われた伝説の「猪木vsアリ」戦より(C)テレビ朝日
  • 6月12日、テレビ朝日系でモハメド・アリ追悼番組を緊急放送。アリの偉大な生涯を振り返る。写真は1976年6月26日に行われた伝説の「猪木vsアリ」戦より(C)テレビ朝日

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