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大喜利とバラエティー番組の50年(2)『一人ごっつ』とM-1ブーム

 「大喜利とバラエティー番組の50年」と題し、全4回で『笑点』(日本テレビ)と『IPPONグランプリ』(フジテレビ)という2つの大喜利番組の歴史と功績をたどっていく本連載。2回目は、2001年にスタートした『M−1グランプリ』(テレビ朝日・ABC)人気やその後のバラエティー番組を振り返りながら、お笑いマニアの心をくすぐった『一人ごっつ』(フジテレビ)の功績に触れてみたい。

■きっかけは団体コントへのもどかしさ “一人大喜利”に挑戦した松本

 『笑点』の放送開始からちょうど30年後の1996年、当時の若者たちを熱狂させていた“笑いのカリスマ”ことダウンタウン松本人志が、大喜利を主体とした深夜番組『一人ごっつ』を始めた。寺院のようなセットで作務衣姿の松本が、大仏からの「お題」にフリップを使って回答していくシュールな様子は、“日本の日曜日の定番”として多くの視聴者に親しまれている『笑点』のテイストからはかけ離れており、大喜利の新たな展開を予感させた。

 さらに遡ること1988年、ダウンタウンはウッチャンナンチャン清水ミチコ野沢直子らとコント主体の深夜番組『夢で逢えたら』(フジテレビ)に参加し、この活躍を足がかりに翌年から大阪から本格的に東京へ進出。その後、着実に冠番組を増やしていく一方、94年には松本がエッセイ『遺書』を出版すると、たちまちベストセラーに。若者たちを中心に“笑いのカリスマ”としての地位を確立させた。

 そんな人気絶頂期の96年、松本は91年から5年間続けてきた冠番組『ダウンタウンのごっつええ感じ』での団体コントにもどかしさを抱えるようになる。同番組では、相方・浜田雅功のほか、今田耕司東野幸治板尾創路ほんこん、さらに現在は女優として活躍する篠原涼子、独自のキャラで高い女性人気を誇るYOUらとともに、ベタからシュールまで傑作コントを量産。団体コントの極みとして大人気だったが、2003年発売の著書の中で、同番組について以下のように告白している。

「『一人ごっつ』は、『ごっつ(ええ感じ)』が終わった直後ぐらいに始まったんです。やっぱりね、団体コントをやっていることへのストレスもあったんですよ。思うようにいかんかったり、いろいろあるんですよね」(ロッキング・オン『定本一人ごっつ』)

 ひとりで笑いに向き合うべく、当時33歳の松本は『一人ごっつ』を立ち上げた。フリップを使ってお題に対する回答を行う「お題」、ひとつの言葉を様々な名称へと進化させていく「出世させよう」、写真を見て即座に回答する「写真で一言」など、数々の実験的なコーナーを実施。大喜利を「ひとつの落語」に見立て、団体芸の妙で人気を獲得していった『笑点』に対して、松本は「発想力のスポーツ」として“個人技”による大喜利を開拓。松本の挑戦的な試みは、深夜帯ゆえ「知る人ぞ知る」存在だったものの、こうした“笑いのスポーツ化”は、松本自身も審査員を務めたゼロ年代の『M-1グランプリ』の成功によって、一気に加速していく。

■『M-1』人気沸騰のゼロ年代 松本が確立した“笑いの基準”

 2001年、日本一の漫才師を決める『M-1グランプリ』がスタートした。大会実行委員長の島田紳助をはじめ、松本、西川きよしといった“お笑い界のレジェンド”たちが、結成10年以下のコンビ・グループの漫才を審査。会場に漂う独特な緊張感や審査員の採点・コメントなど、視聴者は誰が優勝するのかを固唾を飲んで見守った。『M-1』で優勝もしくは注目を集めたコンビは、その直後から仕事が激増することから、まさに“売れっ子芸人の登竜門”となった。

 『M-1』の成功を受けて、翌02年にピン芸人No.1を決める『R-1ぐらんぷり』(フジテレビ・関西テレビ)が、08年にはコント師No.1を決める『キングオブコント』(TBS)が始まるなど、バラエティー番組に“競技化”の波が押し寄せていく。一方、若手芸人たちによるコント番組が縮小していき、代わって『アメトーーク!』(テレビ朝日)や『しゃべくり007』(日本テレビ)といったトーク番組が台頭。コンテスト系の番組で結果を出し、交友関係や多彩な趣味を武器に「○○芸人」という枠組みでトーク番組に出演して活躍することが、スターダムへと駆け上がる“ひとつの方法”になっていく。

 一方、大喜利番組もゼロ年代に隆盛期を迎え(下記参照)、2000年〜05年まで放送された、ウッチャンナンチャン・内村光良の冠番組『内村プロデュース』(テレビ朝日)でも、毎回のように大喜利コーナーを実施。当時“一発屋状態”だった有吉弘行が、さまぁ〜ずTIMといった並居る先輩芸人たちの中で、独創的な回答を披露する様子が注目を集め、再ブレイクのきっかけをつかんだ。

 大喜利人気の機運が高まりつつある中、松本を大会チェアマンに迎えた、大喜利の日本一を決める大会『IPPONグランプリ』が09年に始まった。バカリズム千原ジュニア、有吉といった“大喜利巧者”たちの実力に改めて注目が集まっただけでなく、大喜利の展開の実況、出演者の回答に対する松本の解説、さらにスタイリッシュで洗練された演出もあり、新しい大喜利のスタイルをあっという間に確立させた。RADIO FISHによる歌ネタ「PERFECT HUMAN」で再々ブレイクを果たし、最近では“ご意見番”的な立ち位置でも注目を集まるオリエンタルラジオ中田敦彦は、雑誌のインタビューで松本がこじあけた“笑いの競技化”について以下のように語っている。

「漫才、コント、大喜利。これが今、芸人の評価軸となる3大演芸です。松本さん、そしてダウンタウンさんが90年代、00年代に黄金期を築いた競技であり、松本さんは今も、若手の登竜門である『M-1グランプリ』『キングオブコント』『IPPONグランプリ』に関わっておられます。つまり、価値基準である松本さんにウケないと、面白いと認められない世界なわけです」(日経BP社『日経エンタテインメント!2016年7月号』)

 『一人ごっつ』時代から、お笑いマニアを中心に深夜でこっそりと楽しまれてきた“個人技による大喜利”が、現在の笑いにおける絶対指標である松本人志が競技化させていく過程で、一般の視聴者にも身近な存在かつ芸人の実力評価基準になっていった。

■ゼロ年代以降に放送された主な大喜利番組一覧
2005年〜現在…『着信御礼!ケータイ大喜利』(NHK)
2009年〜現在…『IPPONグランプリ』(フジテレビ)
2009年〜14年…『フットンダ』(日本テレビ)
2011年〜12年…『世界は言葉でできている』(フジテレビ)
2012年4月〜9月…『OMOJAN』(フジテレビ)



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