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「父がやり残したこととは?」 尾崎豊の長男・裕哉が目指す社会貢献する音楽

 伝説的アーティストである故・尾崎豊さんの長男で、おなじく音楽活動を行う尾崎裕哉。昨年、26歳の誕生日を迎え、亡くなった父親の歳を追い越した。シンガー・ソングライターとして一歩を踏み出した尾崎裕哉は、今、音楽という手段で社会問題を解決したいと考えている。偉大なミュージシャンを父に持つ彼が、目指す場所とはどこなのか。

◆父親の存在からの脱却、震災でのボランティア活動も影響

 父親の尾崎豊さんは、「15の夜」「I LOVE YOU」「OH MY LITTLE GIRL」など数々の名曲を発表し、80年代から90年代初頭、多く若者たちを熱狂させたカリスマ的存在である。今も多くのアーティストがリスペクトを捧げ、カバーされた楽曲は数知れない。そんな父を持った裕哉が生まれたのは、1989年。「記憶にはないんですけど、映像にはたくさんの人がライブに来て熱狂している姿が映っていて、音楽にはこういう力があるんだなって、小さい頃から信じてました」と語るとおり、父・尾崎豊さんが亡くなったのは、裕哉が2歳の時だった。

 そんな尾崎裕哉は、幼少期をアメリカで過ごし、やがて日本で音楽の道を志す。だが、やはり父の偉大さに悩んだこともあるという。そこから抜け出すきっかけとなったのが、「“父ができなかったこと、やり残したことってなんだろう?”と考えたとき、音楽を使ってもっと社会にいいことをすることなんじゃないか」と気づいた高校時代だった。

 その考えのベースには、アメリカでのホームレス支援活動、さらに大学時代、東日本大震災の被災地でボランティア活動を行ったことも影響しているという。「3.11の震災のとき、自分で車を飛ばしてボランティアに行った経験が、大きく影響しているんだと思います。そのときに見たのは、本当に信じられないような光景ばかりで……。とにかく情報が錯綜していたし、そういう非常事態に個人でできることって発見しにくいんだなって思ったんですよね。音楽って心のケアはできるけど、衣食住など物理的なケアはできないじゃないですか? その中で音楽にできることって何なんだろうって、すごく考えました」。そうして生まれた彼の志は、“音楽で社会問題を解決したい”というもの。5月16日には、「僕が出ることで、少しでも多くの人に伝われば」という気持ちで、児童労働問題解決への尽力でノーベル平和賞を受賞したカイラシュ・サティヤルティ氏らと共に、トークイベント『ゲリラシネマ』にも参加した。

◆「指導者」だった尾崎豊、自分は自然体でフラットな活動を

 こうして、カリスマだった父親の影響を受けながらも、尾崎裕哉は自らが発信すべき音楽を見つけた。「彼(尾崎豊)の場合は強烈なキャラクターだったし、指導者じゃなきゃいけない、みたいな部分も少しあったと思うんですね。父は父で本当に自分の言葉を信じて発して、たくさんの人を動かしたんだと思うんですけど、僕は、人を動かす力強いメッセージを発信しながらも、もっと自然体で音楽活動ができたらいいかなって思うんです」と語る彼。目指すのは、「頼れる兄貴みたいなミュージシャン」だという。

 「もっともっとキャリアをつけて、スキルアップしていかなきゃいけない」と今後を見据えながらも、「自分の考えている以上のことはやっぱりできないし、背伸びをしても無理がある(笑)」と、そのスタンスは気負うことなく自然体。「ミュージシャンにスター性があって、聴く人が酔いしれていたような父親の時代とはちょっと違う。今っぽく、聴いてくれる人とのコミュニケーション重視で、もっとフラットなのもいいのかな、と思います」と語る尾崎裕哉は、自分の信じる道をしっかりと歩き始めているようだ。



関連写真

  • 自身の音楽性と父・尾崎豊さんについて語った尾崎裕哉(写真:草刈雅之)
  • 『ゲリラシネマ』トークショーに登壇(写真:Toyohiro Matsushima)

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