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氷室京介、ライブ卒業も“還暦作”に意欲「時間をかけてアルバムを」

 両耳の不調でライブ活動無期限休止を発表した氷室京介(55)が23日、30万人を動員した4大ドームツアー『KYOSUKE HIMURO LAST GIGS』の最終公演を東京ドームで開催した。鳴り止まない3度のアンコールに応えて全35曲を熱唱した氷室は、1988年4月5日のBOΦWY『LAST GIGS』と同じ場所で、35年に及ぶライブ活動に終止符を打った。

 ステージ裏の死角席まで埋め尽くした5万5000人超の手拍子に迎えられて登場した氷室が「最後の夜だぜ! 騒ごうぜ!」とシャウトすると、ラストステージはBOΦWYの「DREAMIN’」で幕を開けた。

 2014年7月、ある一定の音域が聴こえづらいという両耳の難聴(トーンデフ)を告白し、ライブ活動の無期限休止を電撃発表してから1年10ヶ月。関係者によると、治療やケアは続けているものの劇的な回復は見られないといい、この日もしきりに左耳のイヤモニを押さえながらの熱唱が続いた。

 ライブ活動休止後は、米ロサンゼルスを拠点に楽曲制作を続けるとしか発表されておらず、ファンをやきもきさせていたが、14曲目で「PARACHUTE」を歌唱後、同曲の作詞を担当したGLAYのTAKURO(44)と、B’zの松本孝弘(55)の3人でツアー前にLAで焼肉を食べた際、TAKUROから真顔で「この後どうするんですか?」と聞かれたと切り出した。

 「真顔で聞かれると冗談で返したくなるタイプ」という氷室は「ゆっくりアルバムでも作って…まぁ俺の場合もともとゆっくりだから、これ以上ゆっくりだとほとんど引退に近いんだけど」とジョークを交えつつ、「60(歳)くらいになったらアルバムでも出すか」と話し、リリースのプランがあることを知ったファンは大歓声。

 「日本語のタイトルをアルバムで付けたことがないんで、『還暦』ってアルバムにして。1曲目は『60』(シックスティ)、2曲目は『年金』で」と笑わせると、「TAKUROくんから、お願いだから最後のライブで言わないでくださいってダメ出しされたことを話しちゃったけど、時間をかけてアルバムを作ろうかなと思います。これはマジで」と茶目っ気たっぷりに宣言し、場内は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。

 アンコールでは「東京ドームは大好きな場所。区切り区切りにやらせてもらってるけど、きょうのドームは最高だね。ライブハウスの熱さが伝わってきて、最後に一つで二度おいしい感動を味あわせてもらった」としみじみ。「たくさんの人にエネルギーを送ってもらえる人生を、35年間、本当に感謝しています。ありがとう」と晴れやかな顔で左手を掲げ、大声援に応えた。

 トリプルアンコールのラストはBOΦWYの「B・BLUE」。全身全霊で35曲を歌い切った氷室は「サンキュー、東京ドーム!」のメッセージと投げキッスと強烈な余韻を残し、81年のBOΦWY(当時、暴威)結成から35年間のライブ人生を締めくくった。



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