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“恩師”蜷川さん追悼 市村正親「悔しい!」 小栗旬「辛い」

 日本を代表する演出家の蜷川幸雄さんが12日午後1時25分、肺炎による多臓器不全のため死去した。80歳だった。訃報を受け俳優の市村正親、吉田鋼太郎、小栗旬綾野剛ら所が属事務所を通じて追悼コメントを発表した。

コメントは以下の通り(50音順)。

■綾野剛
「君の魅力と独特な部分を理解できるような爺さんでありたい。また必ず一緒に仕事をしよう」そう仰って頂いた事が、何よりその言葉が私の中で生き続けています。

■市村正親
50歳でリチャード三世で初めて演出頂きました。その後ハムレットを53歳。イチでハムレットをやりたいと言われ、こんなに光栄なことはありませんでした。そして蜷川さんの代表作NINAGAWA・マクベスをやらせて頂きました。渾身の魂からの演出に心から感謝です。最後の演出でしたがニーナと出会う事が出来て本当に役者としてシェークスピア俳優にさせて頂きました。感謝してもしきれません。運命を呪います。しかし現実を受け止め、これからは天国からの演出に心を傾けたいと思っています。悔しい!淋しいです!

■小栗旬
正直、まだ現実を受け止められないでいます。

『ムサシ』以来、7年ぶりの公演を今年秋に予定しており、ついにまたご一緒出来る、叱っていただけると心の底から楽しみにしておりました。

ご冥福をお祈りいたします。

でも、辛いです。
「おい!小栗。何やってんだよ!」という声が聞こえないのは。

■木村文乃
蜷川さんとは『わたしを離さないで』で初めてご一緒させて頂きました。
蜷川さんにご指導いただいたことで、役者としての在り方がぐっと変わりました。
もし『わたしを離さないで』で鈴という役をいただいていなければ、
蜷川さんにご指導いただいていなければ、その後の私はありません。
それはとても幸せで、とても貴重で、どれだけ感謝してもしきれない一生の宝物で、今はただ思い返して温めることしかできず、それを直接お伝えすることが出来なくなってしまったことがただただ悔しいという思いです。

■古田新太(劇団新感線)
もっともっと一緒に遊んで欲しかったのに、非常に悔しいです。
日本から天才がひとり消えました。
蜷川さんに怒られた事を心に刻んで、これからも頑張って行きます。

■宮本亜門
日本の創作力をこれほど世界に知らしめた演出家はいません。
「俺はこんな苦労してモノクロで革命を起こしているのに、何で亜門はカラフルにそれができるんだ」とおっしゃっていましたが、これほど見事に日本の魅力を力強く、大胆に、美しい革命を世界に見せつけたクリエーターはいません。
心からご冥福を祈ると共に、蜷川さんが全身全霊で伝えてくれた、生きるパッションとクリエーションの力を 自分なりに精一杯受け継ぎたいと思います。

■吉田鋼太郎
偉大な演出家であり、最大の恩師であった蜷川さんの訃報に言葉が見つかりません。今はまだこの現実を受け止められておりません。



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