• ホーム
  • 芸能
  • ハイヒール&川合俊一、『あさパラ!』21年目に突入

ハイヒール&川合俊一、『あさパラ!』21年目に突入

 読売テレビで土曜朝に放送されているバラエティー番組『あさパラ!』(毎週土曜 前9:25〜10:30)が2日、放送20周年、21年目に入る節目に改めて意気込みを語った。

 番組は1996年4月6日にスタート。お笑いコンビ・ハイヒール(リンゴ・モモコ)とタレントの川合俊一の司会で、1週間のニュースの振り返りや生活・健康情報などを紹介してきた。放送開始当時、リンゴ34歳、モモコ32歳、川合33歳だった。

 「番組がスタートした時は第一子を出産したばかり」だったモモコは、「入り時間が早くて0歳だった息子を預けるところがなく、困っていたら、当時のプロデューサーが“子どもを出演者にしたら誰にも迷惑かからず堂々と連れてこれるよ”と言ってくれて、息子もレギュラーにさせてもらった」と回想。この20年間に子どもは3人に増え、現在、大学生・高校生・中学生に成長した。

 リンゴが不妊治療で1年半番組を休んだこともあった。もともと「リンゴが“ニュースをやりたい”といって始まった番組」(モモコ)だっただけに、リンゴの離脱は一大事。そんな危機を、モモコが代わりにニュースを解説したり、「ゲストも含めて、なんとかリンゴさんのいない間、みんなで番組を守ろうと。あの時に、今の番組の雰囲気ができ上がった」(川合)と乗り越えてきた。

 「この番組が始まった時はまだビーチバレーをやっていた」という川合は「かっこいいスポーツキャスターという路線で来ていたので、第1回目の放送が終わった時は、“こんな番組に出ていて大丈夫なのか?”と不安になった」とぶっちゃけ、笑いを誘った。何年か後には、「ボケたでっかい兄ちゃん路線」が面白くなり、「それがいまに生きている。その後、東京で午前の帯番組の司会をやることになったが、ここで培った経験がすごく生きた」と、自身を鍛えてくれた番組に感謝を語った。

 リンゴは「20年はあっというでした。土曜の朝、この番組がない人生は、私の中ではもう考えられなくなっています。続けられる限り続けたい。最後は土曜の朝にこのスタジオで死ぬぐらいの勢いで、力の限りやりたい」と、番組への熱い思いを語っていた。

 この日の放送では、「リンゴの国会へ行こう!」のコーナーにもっとも登場した石破茂地方創生担当大臣から「これからも30年、40年に向け頑張ってくださいますよう、『あさパラ!』ファミリーの一人として心から応援しています。おめでとうございます」と番組へビデオメッセージも寄せられた。さらに、20周年のご褒美ロケとして、ハイヒールが北極、川合がオリンピック期間中に開催地ブラジルを訪れることが発表された。



関連写真

  • (左から)ハイヒール(リンゴ・モモコ)、川合俊一(C)ytv
  • 読売テレビの土曜朝の情報バラエティー番組『あさパラ!』放送21年目に突入(C)ytv
タグ

オリコントピックス