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藤巻亮太、“レミオロメンらしさ”にとらわれていた3年半

 レミオロメン活動休止後の『オオカミ青年』以降、3年半ぶりとなるオリジナルフルアルバム『日日是好日』を発売した藤巻亮太。25日放送の『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)では7年ぶりに同番組で「3月9日」を歌唱し話題を集めたが、“レミオロメンらしさ”“ソロらしさ”にとらわれていた中で、生きること自体が苦しいと感じたこともあったという。ORICON STYLEではそんな藤巻に、3年半の葛藤、野口健氏との出会い、今の創作活動に対する思いなどについて聞いた。

■固定概念を勝手に自分の中に作ってしまっていた

――『日日是好日』は“禅”の言葉らしいですね。
【藤巻】 そう。これはいい日も悪い日も精一杯生きていれば好い日になるっていう意味なんだけど、いい言葉ですよね。この言葉と出会ったとき、自分の中の垣根が消えていく感覚があって、そしたら“昨日の自分も明日の自分も考える必要はない、とりあえず今日、感じることをちゃんと書いていこう”って瞬発力が上がっていった。「日日是好日」はそのときの自分の素直な想いがわーっと溢れ出るように書けた曲なんです。

――この曲は藤巻さんの歌声も本当に気持良さそうで、それを聴いているだけでもこっちもアガります。
【藤巻】 バイブレーションっていうか、歌声も一種の波長だから、本人からいいものが出ていないと伝わっていかないのかもしれないですね。例えば誰かと比較したり、周囲を変に意識すると自分のバイブレーションが弱くなる。それよりも自分の中から浮かんでくるものと自由に遊びながら曲を作るほうが、僕は性に合っているんでしょうね。でも、そうやって作って溜まっていったものをただ、繰り返していくだけじゃやっぱり面白くない。溜まったものが微生物に分解されて肥料になっていくように、一回、形がなくなったものを改めて吸い上げていくほうが果実としては面白い気がします。

――破壊と創造を繰り返すと。
【藤巻】 だから時間はかかります。例えば僕が木で音楽が果実とするなら、いろんなところに旅をすることで根っこが伸びて自分自身も豊かにはなっていく。でもそれが作品に反映されるのは数年後だったりするんですよ。実際、野口さんとヒマラヤに行ったときのインパクトはすごかったけど、その体験がすぐ音楽に結びつくことはなくて。そこから数年たって心の整理がついて曲を書いたときに初めて「あ、あのときの体験が役立っている」って気づくことがほとんどなんですよね。でもそれでいいんです。逆に、すぐ役立つものはすぐに役に立たなくなるというか。「あの体験は何だったんだろう?」って、そのときはよくわからないことのほうが後々、いろんなものに化けたりするんですよ。自分の中の線=固定概念を取るっていう感覚も、旅から帰って曲を書き出してから気づいたことで、さらに曲を作ることで線がなくなっていった。アルバムには全部で12曲入っていますけど、12本分の線が心の中から消えた気がします。

――固定概念とは?
【藤巻】 僕の中でどういうことが起こっていたかっていうと、レミオロメンらしさとかソロらしさっていう線や仕切りを自分の世界に作ってしまっていて、音楽に使えるスペースがすごく狭くなっていたんです。狭いところで何かをやろうとしているときって「こうするべき」って固定概念でがんじがらめになっているから、生きること自体がもう苦しいんですよね。だからまずその“線”の存在に気づくこと、そしてその線は誰かが引いたわけではなく、自分が引いたものだから自分で消していく必要があった。1本ずつ線を消していくとその分、スペースが広がるし、そうなると人間って救われるんですよね。『日日是好日』はそうやっていろんな線を消すことで癒されながら作った作品。この中に「回復魔法」って曲があるんですけど、まさに自分が回復する過程をこの1枚のアルバムで如実に表せた気がします。

■愛されたいって思っているうちは煮詰まってしまうことが多かった

――アルピニストの野口健さんとヒマラヤやアラスカなど、世界中を旅したことも、“回復”につながったそうですね。
【藤巻】 そうですね。やっぱり人間って東京にいて自分のサイクルで動いているうちは、自分のことをなかなか客観的には見られない。でも物理的にそこから離れて山の中を2〜3週間も歩いていると、精神的に目線が俯瞰になっていくんです。で、余計なものがどんどん削ぎ落とされていく。そうなると自分の中で本当に“大切なモノ”と“大切そうなモノ”の違いが少しずつ見えてくるんですよ。例えば、責任を果たすとかファンの声に応えるって一見、大切そうだけど、ある意味、自分で何とかできる範疇を越えている話で、それは“大切そうなモノ”じゃないかなと。本当に大切なのは自分が本当にいいと思う音楽を仕上げていくことで、そこにエネルギーを注ぐべきだと思ったんです。

――なるほど。
【藤巻】 実際、僕自身、(リスナーに)愛されたい、好かれたいって思っているうちは煮詰まってしまうことが多かった気がするんです。そこに気づいたときに“大切そうなモノ”は一回、手放してみようかと。そしたらすごく風通しが良くなって、他愛もないことを歌った曲でも「自分がそう思うならいい」っていう、新たなルールができた。それがこのアルバムの明るさとか解放感に繋がったんじゃないですかね。

――ちなみに旅のほうは今後も行く予定は?
【藤巻】 健さんと会う度に「次はどこ行く?」って話しています。僕、元々は山登りが得意だったわけではないし、登り始めた頃は高山病にもなったけど、自然に囲まれていたせいか気持的には東京にいるより元気になれたんですね。そういう意味で旅は癒されるし、地球は広いのでまだ見ぬ何かをもっと見たい。次は南米もいいかなと思っているんですよ。

――勝手なイメージですけど、藤巻さんはペルーとか合いそうな気がします。
【藤巻】 本当ですか? 理由は特にないけど最近、南米の音楽のグルーヴとか影響を受けたいなと思っていて。ま、でも何も考えずに行って未知の影響を受けるのが旅の面白さだから、直感のまま行きたい場所へ行ければいいですね。

(文/若松正子)



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