芸人と歌手では異なる“一発屋”の価値

 『しくじり先生 俺みたいになるな!! 3時間スペシャル』(テレビ朝日系/14日放送)に、“安易に桜ソングに手を出しちゃった先生”としてシンガーソングライターの河口恭吾が出演。河口のぶっちゃけ発言、というより苦悩発言が大きな話題になっている。河口の「桜」(2003年発売)が大ヒットしたのは2004年。それからは鳴かず飛ばずで、「自分が作った“桜”の花びらに埋もれてしまって、もう窒息しそう!」なくらい苦しんだという河口は、自他ともに認める“一発屋”だ。ところで、この音楽の世界の一発屋、最近はあまり聞かなくなった気がする。なぜか? ヒントは芸人との“一発屋”の価値の違いにあるようだ。

■芸人とは異なり、自己申告で“一発屋”を名乗りづらい歌手

 河口は、『しくじり先生』で「桜」のバージョン違いを13作も出したなど、THE虎舞竜の「ロード」も真っ青な“知られざる事実”を告白した。さらに「自分にとって『桜』は悪魔の曲」とまで言い切り、悩んだあげくにライブで「桜」を封印すると、イベント主催者に今度は「詐欺だ!」と非難されてしまう。もはやこうなると、一発屋芸人が次の一発ギャグやネタを求めて、もがき苦しむ姿に似ていなくもない。まだ笑いに転じる可能性があるぶん、一発屋芸人のほうが救いがある。

「芸人さんなら、“一発屋”を笑いにも昇華できますし、しばらくそのネタ1本で営業で食べていけるでしょう。一発屋であることをウリにもできます。しかし歌手やアーティストにとっては、イメージやブランドも大事なので、そう安売りはできない。とは言え、レコード会社が歌手に求めるのは新境地でも新機軸でもなく、とにかく“二番せんじ”だろうが“第〇章”だろうが、売れる曲なんです。それにアーティストは新曲を出し続けるのが仕事。つまり歌手の一発屋は“1曲だけ売れた”のではなく、“1曲だけ突出して売れた”場合のことをいうのです」

 過去の“一発屋歌手”と呼ばれる人たちを見ると、図らずも転落人生を歩むか、「完全無欠のロックンローラー」のアラジンや「それが大事」の大事MANブラザーズバンドのように、地道に活動を続け、ファンにとっては“精力的に活動している”と捉えられているアーティストも多い。ギャグやネタを一発“だけ”当てた芸人とは違い、“1曲だけ突出して売れた”歌手の場合は、世間的には一発屋と認識されていても、本人たちやファンにとっては一発屋ではないのだ。一発屋歌手がいなくなったわけではなく、芸人と比べてよりプライドやパブリックイメージを大切にするため、一発屋と名乗れなくなっている事情があるようだ。

■「愛のメモリー」1曲だけでサバイブする鉄人・松崎しげる

 その一方で、“代表曲”の1曲だけで、何十年も引っ張り続けている歌手もいる。例えば松崎しげるは、2012年に「愛のメモリー」35周年記念として、シングル「愛のメモリー 35th Anniversary Edition」を発売したが、同作は何と収録されている12曲すべてが「愛のメモリー」(バージョン違いで収められている)という驚愕の作品。一発屋歌手となると、ともすれば過去の栄光にしがみついているとも捉えられがちだが、ここまでくるともはや潔さを通り越して尊敬の念さえ抱いてしまう。

 ただ、「ロード」のカラオケでの歌唱印税が今も年間1000万以上あると告白した高橋ジョージのように、昔なら“一発当たればカラオケやカバーの印税だけで食べていける”と言われていたが、昨今、ヒットの形態がコアファンを中心とする局地的なものになっているため、売れたように見えても楽曲の二次使用につながりにくく、“必ずしも食べて行けるわけではない”という事情がある。そのため、歌手でも一発屋と言われるだけでもおいしかった時代と違って、一発屋歌手=マイナスイメージがつくだけでメリットはあまりないのだろう。一発でも当ててやろうという気概よりも、堅実に積み重ねていきたい、と考える歌手が増えているのかもしれない。

 とはいえ、年間に数十〜数百ものアーティストがデビューする中で、やはり“一発屋”と言われるだけでもすごいということは今も同じ。同様のヒットは出せなくても、その後も地道に音楽活動を続けていけば、再起の道が開かれる可能性は少なからずあるし、幸いなことに、『しくじり先生』や『有吉反省会』(日本テレビ系)のように、“タレント再生工場”とも呼べる番組も人気を集めている。河口だって、『しくじり先生』を機に、もしかしたら当時のヒットを知らない若者たちから新たな支持を受けるかもしれない。



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