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齢77歳にして再ブレイク・こまどり姉妹、壮絶人生を経ての今「悪口なんて出てこない」

 『有吉反省会』(日本テレビ系)で衝撃の“三戸なつめメイク”を披露するなど、77歳にして再び“カワイイ”と注目を集めている並木栄子(本名:長内栄子)、並木葉子(本名:長内敏子)による双子の歌手、こまどり姉妹。11歳で門付から流しの歌手として歌い始め、大スターに上りつめるも、栄子の熱狂的なファンによる敏子傷害事件、敏子のガン、未婚の母となった栄子、さらには借金まで……波乱万丈な人生を送ってきた。それでも恨み言や悪口を言うことなく、常に明るくユーモアを忘れない2人が、50年以上の芸能生活を振り返る。

■初出場はおよそ半世紀前 当時の『紅白歌合戦』を振り返る

──21歳で芸能界デビューして、その後は紅白に連続出場するなど瞬く間に大スターになったお2人ですが、デビューにこぎつけるのはなかなか大変だったそうですね。
【栄子】 そうね。生活のために流しを始めて、家を建てるくらいお金も貯まったけど、レコード会社にはいくつも断られてね。
【敏子】 当時は流し出身なんてご法度だと言われてね。だからもう歌はやめようと思ったの。お姉さんはお洋服の仕事、私はおしるこ屋さんでもやろうかって、それが念願だったのよ。だけどコロムビアの社長さんからなんとか一度テストに来て欲しいって言われて、それが不思議な縁というか、運命の始まりね。
【栄子】 歌手になるような歌唱力もなかったしね、顔もそういいわけじゃないし、いろんな意味で自信もなかったのよ。ただ私たちの能力といえば、これは売れるなという歌はすぐにわかったわね。
【敏子】 そうね。やっぱり流しっていうのは、お客さんが歌って欲しい歌をいくつ歌えるかが勝負なの。だからこれはお客さんが好むだろうなって歌はいち早く覚えるわけ。そうすると、ヒットする歌を選択する目利きみたいなのものが自然と養われるのよね。

──当時は誰もが口ずさめる、いわゆる国民的ヒットがたくさん生まれた時代でしたね。
【栄子】 そうね。だからおかげさまで、今でも「ソーラン渡り鳥」とか「未練ごころ」とか歌うとみなさん喜んでくださってね。私たちも56年もやってると、150曲くらいはいただいてるんだけど、やっぱり喜んでくださるのはみなさんが知ってる曲よね。だからステージの限られた時間では、なるべくヒット曲を歌わなきゃって思うのよ。
【敏子】 昔は50万枚、100万枚売れないとヒット曲じゃない時代だったから。自分たちではあの曲も歌いたい、この曲も歌いたいって思う、いわば隠れた名曲っていうのかな、そういう歌もいっぱいあるけどね。中にはお金を貯めてショーに来てくださるお客さんもいるわけでしょう。その感謝を思うと、自分たちがどうこうしたいっていう思いは二の次になるのよ。

――今は紅白を観ていても誰もが知る曲というのは少なくなってしまいました。そういう時代なんでしょうけど……。
【敏子】 あの頃は紅白出るのにヒット曲が1曲じゃダメだったのよ。何十万、何百万、3曲とか売れないと出してもらえなかったし、日本全国、すみずみまで知ってる曲をひっさげて登場するわけだから。当時の構成の方もすごく上手だったの。だから紅白、甲乙つけがたいって感じだったわね。テレビの音楽番組もなくなって、若い人は本当に気の毒だって思うわ。声が良くて、歌が上手な歌手ってたくさんいるけど、デビューしてから何十年も経ってる子もザラにいるから。大勢で出て、歌って踊る人が多くなっちゃって。今の人たちも、踊りを踊って歌うグループじゃないと見ないようになってるでしょ? 歌だけ歌ってる人のことは見ないんですもの。しみじみとした歌をうっとり聴いてた時代と違うんだもの。私たちがイベントで歌ってても、他のファンの人がライトのついた棒を振ってくれてたりするの(笑)。ちょっと合わないって思うんだけど……そういう時代なのね。

■「人を喜ばせたい」という思いは親譲りのもの

──ところでお2人は熱狂的ファンによる傷害事件、敏子さんのガン、借金など、壮絶な体験を語ってもそれを決して悪口や恨み言にしないですよね。
【栄子】 悪口なんて出てこないわよ。人はみんな個性が違うんだから、それをどうこう言うなんておかしいじゃない。
【敏子】 そうよ。私たちも双子だけど、好みだって性格だってぜんぜん違うのよ。双子でこれだけ違うんだから、人様はどれだけ違うのかって話よね。

──地獄を見るような体験すらユーモアに変えてしまう明るさはどこからくるのでしょう。
【敏子】 それはね、親からもらったものなのよ。うちの親も明るくてね、それと人を喜ばせたいっていう気持ちのある人たちだった。貧乏で満足にご飯も食べられなかったけど、もっとお腹を空かせてる人がいたら、おにぎりでもなんでもためらいなく恵んであげてね。
【栄子】 そういう親の行いを見てきたから、自分たちも歌でもなんでも人を喜ばせたいって気持ちが育っていったんだと思うわね。

──最近のバラエティ番組出演の反響はどうですか?
【栄子】 面白いわよ。こないだ中学生くらいの男の子に「お姉さんたち、有吉さんの番組に出てましたよね。握手してください」って言われちゃってね。
【敏子】 その時はステージの帰りだったからお化粧もしてたけど、最近はスッピンで歩いてる時も声をかけられるのよ。「写真を撮ってください」とかね。こんなシワシワのスッピンでよかったらいくらでも写真を撮るんだけどね。そうそう、『有吉反省会』の時にあの写真を撮るところで。なんだったかしら、プリ……。

──プリクラですか? 三戸ちゃんメイク&コーデで撮られてましたよね。
【敏子】 そうそう。あれ、びっくりしちゃった。若く写っちゃって。

──たしかに今時の技術はすごいですよね。でもお2人はプリクラじゃなくても、今も充分チャーミングです!
【栄子】 若い頃は肌とかスタイルとかいろいろ悩むものだけど、今はもうねえ。
【敏子】 私は小太りだったから、若い頃は本当に痩せたいななんて思ってたわけ。だけど33歳で末期ガンになってね。その時に病院の窓から外を見たら、ずいぶん太った女の人がお腹をユサユサさせて歩いてるわけ。それを見てつくづく羨ましいと思ったし、痩せたいだとかきれいに見られたいとか思ってた自分の浅はかさを反省したのよ。それから44年、こうして今、この世で息を吸って生きてられるだけで素晴らしいと思うの。シワがよるのも長生きさせてもらったご褒美だってね。

(文/児玉澄子)



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