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佐野氏の“パクリ”問題、意外にもタレントから擁護の声多いワケ

 佐野研二郎氏の“デザイン案撤回”でようやく収束の気配を見せてきた「東京五輪エンブレム盗用問題」。ネットユーザーたちが次々と過去作品の“パクリ一覧”を作成するなど一大バッシングとなった一方、ビートたけしや爆笑問題の太田光など、佐野氏を擁護するような発言をするタレントたちが意外にも多く、その考え方に若干の温度差を感じた人も多いはず。やはりクリエイターにとって、“パクリ”と“模倣”を明確な線引きすることの難しさがその要因といえるのだろう。

◆「創作の基本は“模倣”」たけし、さんま、爆笑・太田らが警鐘

 先ごろビートたけしは、『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日系)で、一連の“パクリ騒動”について触れ、「流行を取り入れることをパクリだっていったら、映画なんて絶対パクリになっちゃうじゃん。これだけ数あるのに。音楽だってそう」と発言。明石家さんまも「あそこまで言ったら可哀相」と自身のラジオ番組でコメント。ダウンタウンの松本人志は、『ワイドナショー』(フジテレビ系)で「一周回って、コレ(佐野氏案のエンブレム)でいいんじゃないかと。これだけ有名になったし爆発力はある。佐野氏もここで引いたらダメ。(この騒動やバッシングも)すぐに終わる!」と発言した。

 これら“佐野氏擁護派”芸人の中で、一番の急先鋒は爆笑問題の太田光だ。『爆笑問題カウボーイ』(TBSラジオ)で、ネットでの佐野氏バッシングに関して「みんな必死で(佐野氏のパクリ疑惑を)見つけすぎ。落ち着けよ!」と発言。さらには、米国の芸術家、アンディ・ウォーホルを引き合いに出し、「彼だってトマトの缶とかマリリン・モンローとかそのまんまコラージュしただけ。ピカソだってそういう作品を出している」とまで言った。確かにコラージュなどはアート界では一般的だし、それを“オマージュ”や“リスペクト”などと呼べば、各ジャンルでも許される風潮がある。古代ギリシアの哲学者・アリストテレスが「芸術創作活動の基本的原理は模倣である」と言う通り、人の“真似”をすることに芸術の出発点があるのかもしれない。

 となれば、お笑いの世界などは、それこそ“人の真似”をすること自体に原点があると言ってもいいだろう。極端に言えば“モノマネ”は、人気歌手の歌を完璧にコピーするだけで多くの人から賞賛を浴びる。モノマネに限らず、ほとんどの芸人たちが誰かしらの芸にオリジナリティを加えてブレイクしてきたとも言えるし、もしそうしたことが許されず、“パクリ”として糾弾されるような社会が到来したら、芸人たちにとっても死活問題だろうし、世の中自体が殺伐としてしまう。そうした意味では、今回の大物芸人たちの“佐野氏擁護発言”は、何でもパクリに認定してバッシングするという最近の風潮に対して、警鐘を鳴らしていると言えるかもしれない。

◆“パクリ”か“オマージュ”か? 創作するアーティストとユーザーの信頼関係の上で成り立つ

 とは言え、現代社会においても何でも許されるはずもなく、露骨な“パクリ”はやはり批判対象にされる。ここで問題になるのは、どこまでが“パクリ”でどこまでが“オマージュ”なのか、といった境界線だ。先の太田のウォーホルまで話がいくと、コンセプチュアルアートを含む前衛芸術の大問題になってしまうが、境界線の“線引き”の難しさは音楽シーンを見てもわかる。

 ザ・ビートルズなどに影響を受けてミュージシャンになるケースはゴマンとあるし、楽曲自体も影響を受けてしまうことがあるのは仕方がないだろう。そもそも音楽自体が限られたノート(音符)を材料に創作されるのだ。しかし、アーティストたちが影響を受けたことを公言したり、リスペクトするアーティストに対する“トリビュート”であることなどをクレジットすれば、パクリとは言われない。実際、ジョン・レノンやビリー・ジョエルのいくつかの楽曲は、かつてのオールディーズへの“オマージュ”であることは誰もが認めていること。

 そうしたわかりやすい例はまだいいが、HIP HOP系が積極的に取り入れる“サンプリング”などになると複雑だ。過去の楽曲のメロディや歌詞のフレーズをそのままに使用したり、原型をとどめないほどに加工して利用する。そうなると、パクリやオマージュではなく、そうしたスタイルの音楽なのだとでも言うしかなくなるのではないか。サンプリングと言うべきか“カバー”と言うべきかよくわからない場合もあり、パクリやオマージュ、パロディ、インスパイア等々、いろいろな表現はあるにせよ、最後は創作するアーティストと享受する側のユーザーとの信頼関係に行き着くようにも思われる。

◆“パクリ”と“模倣” 一般ユーザーの7割が明確に定義付けできない

 お笑い界で言えば、オマージュとは「尊敬する芸人のネタに影響を受けて、似たようなアプローチの芸をする」ことであろうし、本人もそのことを隠したりしない。ただ最近では、FUJIWARA・藤本敏史のように“後輩のネタパクリ芸人”という新しい芸まで現れているが、これはある種の“パロディ”と呼ぶべきものだろう。つまり、単純に面白くなく、笑えないネタだったら“パクリ”と非難されるし、アンタッチャブル・山崎弘也の「く〜る〜」(元ネタは織田裕二の「来たー!」)のように自己流にアレンジして、それが面白ければ“パクリ”が“オマージュ”にも“リスペクト”にも何でもなるといった、視聴者側からの寛容さを勝ち取れる。

 ORICON STYLEでは、10代から50代の男女を対象に、『“パクリ”と“模倣”の区別を明確に定義付けできますか?』という調査を実施。その結果、【できる】が27.6%、【できない】が72.4%と「定義付けできない」が7割を超えた。「この世にあらゆるデサインが存在し、唯一無二であることは困難。故意に真似をしたのか、たまたま似たのかは未知数」(東京都/20代/女性)、「パクリと模倣の境界線がはっきりしない」(愛知県/20代/女性)といった声が大多数を占めた。

 そうした“境界線”の難しさを知っているからこそ、先の大物芸人たちのような発言が出てくるのだろうし、また“境界線を見極める能力”こそが、今後の芸能界で生き残るための必須条件になるのかもしれない。

(文:五目舎)

【調査概要】
調査時期:2015年9月28日(月)〜9月30日(日)
調査対象:合計500名(自社アンケート・パネル【オリコン・モニターリサーチ】会員10代、20代、30代、40代、50代の男女)
調査地域:全国
調査方法:インターネット調査



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