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50年経過しても日テレの主力の担うコンテンツ “不変”の『笑点』が愛されるワケ

 1966年5月15日に放送を開始した日曜夕方の“定番”番組『笑点』(日本テレビ系)が来年50周年を迎える。その歴史の長さもさることながら、誰もが驚くのは、今なお驚異的な視聴率をはじき出し続ける“ソフトとしてのポテンシャルの高さ”だろう。決して奇をてらったような演出が施されることもなければ、斬新な新企画で話題をさらったりもしない。日曜の夕方にテレビからおなじみのテーマ曲が流れ、おなじみのメンバーが大喜利を行うという“おなじみのスタイル”が世代を超えて愛されている。なぜ『笑点』は今も多くの人の心をとらえ続けるのだろうか。

◆日テレ“鉄壁の日曜日”を担う笑点の重要度

 2014年に、全日(6:00〜24:00)、ゴールデン(19:00〜22:00)、プライム(19:00〜23:00)という3つの時間帯の世帯視聴率でそれぞれ1位、いわゆる「三冠」を獲得した日本テレビには、“鉄壁”とも呼ばれる不動の番組の流れがある。それが日曜夕方の『笑点』に始まり、『THE!鉄腕!DASH!!』、『世界の果てまでイッテQ!』、『行列のできる法律相談所』まで続く高視聴率番組の布陣だ。すなわち『笑点』はこの鉄壁の流れを形成する“先鋒”に位置する番組であり、ここが崩れるとその後の流れにも大きな影響を与える重要なポジションにある。それは、裏を返せば『笑点』が安定した(しかもハイレベルな)視聴率を上げているからこその“鉄壁”であり、改めてそのすごさを知らしめるものだとも言えそうだ。

 だが、前述したように『笑点』の構成はいたってシンプルである。心をほっこりさせるいつものテーマソングに続いて、客席に腰かけた司会者(現在は桂歌丸)が自己紹介と演芸ゲストの呼び込みをし、ゲストの芸をはさんで、後半は“ご存じ”大喜利が始まり、その終了とともに「また来週」となる。食事処で例えるなら“いつもの定食”のようなものである(ゲストがその日の“小鉢”のようなものだろうか)。「これだよ、これ!」と思わせる安定した笑いと出演者による駆け引きには、間違いなく“安心感”が漂う。休日の夕方という心がゆったりとしている時間だからこそ、刺激よりも安心感を求めたい、という視聴者の心をつかんで離さない“絶妙なさじ加減”は、番組のシンプルさがあればこそ実現可能なものかもしれない。

◆“安定感”を良しとする日本人ならではの“文化の楽しみ方”は普遍

 変化よりも安定、という視聴者の思いは、先日一部のメディアで流布された「歌丸、司会者交代か?」という報道においても大きな反響となって表れた。背部褥瘡(じょくそう)や腸閉塞で入退院を繰り返し、7月12日放送分(6月19日発表)から休演していた桂歌丸に対し、高齢(報道時78歳)ということもあり、進行役の続行を危惧するような噂も流れたのだが、それに対して視聴者やネットユーザーからは、拒否反応を示す人が多く、歌丸復帰を切に願っていたというのだ。改正案の中には「(外部から新規の司会者を迎え入れるのではなく)大喜利のメンバーの中から選んでみては」という声もあったのでは、とする報道もなされたが、“定着”したメンバーによる司会に対してさえ拒絶が生まれるところに、この番組への愛着を感じずにはいられない。

 幸い、歌丸師匠は無事番組に復帰、いつものメンバーでおなじみの大喜利が行われることとなったが、テロップやCGが幅を利かす現在のテレビ界にあって、この番組では変わることなく、手書きのフリップや変装用のかつらなどが小道具として登場。座蒲団を10枚溜めた回答者への商品もけっして華美なものではなく(時にありがた迷惑なものもあったりする)、進行役に毒づくことで一気に座蒲団を失うというパターンもお決まりだ。番組のベースとなっているのは出演者の本業である落語ではあるが、こうした“昔ながらの”“お決まりの”“背伸びしない”展開を見ていると、大喜利のメンバー全員が作り上げるひとつの“落語”のようにも思えてしまう。こんなところにも、“伝統”を重んじる日本人の良さが表れているのではないだろうか。

 『水戸黄門』が築き上げた“偉大なるマンネリズム”や、国民的アニメの登場人物が一向に年をとらないという“お約束”などは、伝統芸能の不変の美学にも相通ずる、変化のない“安定感”を良しとする日本人ならではの“文化の楽しみ方”だ。そして、日曜の夕方のテレビ番組を通して、伝統文化との接し方を知らず知らずのうちに吸収しているのかもしれない。だからこそ、世代を超えて『笑点』は愛され続けるのだろう。

(文:田井裕規)



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