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阿部寛、「無関心が一番恐い」 ドラマ『戦後70年 一番電車が走った』

 NHKで10日に放送されるドラマ『戦後70年 一番電車が走った』(後7:30〜8:43)は、70年前の1945(昭和20)年8月9日、原爆投下のわずか3日後の広島で、路面電車の運転が再開された実話をもとにしたドラマだ。長崎に2発目の原爆が投下された、その日である。

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 一瞬にして焦土と化した広島で生き残った電鉄会社の社員・松浦明孝役を演じた俳優の阿部寛に話を聞いた。松浦は幼い子ども3人を家に残し、原爆投下の翌日から不眠不休で復旧作業にあたっていた。

 「地獄絵図を目の当たりにして、電車の運転再開を優先すべきか、葛藤もあったと思います。でも、電車を動かすことが一人でも多くの人を助けることにつながる、希望になると信じて、自分を奮い立たせて働いていたと思う。終戦を迎えてもその作業の手を止めることはなかった。いま、自分にできることをとにかくやる、それしかないのだと思いました。無関心こそ恐ろしいと、最近つくづく思います」。

 走り始めた電車は、市民を元気づけたと伝えられている。しかも、その電車の運転士は10代半ばの女学校で学びながら働く少女たち。被ばく時にも多くの女学生たちが電車に乗務しており、犠牲になった。

 「最初、何で女学生が?と思いましたが、戦争も末期になると、戦地に赴く男性の代わりに、女学生たちも勤労動員で駆りだされて働いていたんですよね。撮影に入る前に、今作で演じる役のモデルとなった方のご遺族からお話しを聞いたり、広島平和記念資料館で被ばくされた方たちの手記を読んだりして、戦争は本当に2度と起きてはいけないものだと改めて思いました」。

 ドラマでは、女優の黒島結菜が演じる運転士・雨田豊子を軸に、同級生たちとの他愛のないやり取りや、初恋など、戦時下の“青春”も描かれる。脚本・演出を手がけたのは岸善幸氏。東日本大震災の被災地で「ブログ」と「ラジオ」をとおして自分自身を取り戻していく女子高生と仲間たちを描いた特集ドラマ『ラジオ』で、2013年『第63回文化庁芸術祭』テレビ・ドラマ部門大賞、同『第50回 ギャラクシー賞』テレビ部門 優秀賞などを受賞している実力者だ。

 『ラジオ』を観て、岸氏の作品に参加したいと思っていた阿部は「多くを語らないんだけど、少女の気持ちが痛いほど伝わってくるドラマ」と絶賛。「ドキュメンタリーとはまた違ったドラマだからこそ伝えられる繊細なものがある。今回の作品も黒島さんをとおして、少しでも多くの人がこの作品に心を動かされ、心の中に何かを刻んでもらえたら」と力を込めた。



関連写真

  • 8月10日、NHK総合で放送『戦後70年 一番電車が走った』に出演する阿部寛 (C)ORICON NewS inc.
  • 原爆投下のわずか3日後、一台の路面電車が焦土の街を走り始めた。運転氏は女学生の雨田豊子(黒島結菜)(C)NHK
  • 松浦明孝役の阿部寛(C)NHK
  • NHK広島放送局の制作によるドラマ『戦後70年 一番電車が走った』8月10日、NHK総合で放送(C)NHK
  • NHK広島放送局の制作によるドラマ『戦後70年 一番電車が走った』8月10日、NHK総合で放送(C)NHK
  • NHK広島放送局の制作によるドラマ『戦後70年 一番電車が走った』8月10日、NHK総合で放送(C)NHK

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