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鮎川誠、トーク番組で初めて語るシーナさんとのかけがえのない日々

 最愛の妻で、音楽でも最高のパートナーだったシーナ(鮎川悦子)さん(享年61)を、子宮頸がんで亡くしたばかりのロックバンド「シーナ&ロケッツ」のギタリスト・鮎川誠(67)が、10日放送のBS朝日『熱中世代 大人のランキング』(毎週日曜 前8:00)に出演。シーナさんと過ごした最期の“時間(とき)”について、トーク番組で初めて語る。

 鮎川は、福岡・久留米市で生まれ、父親が持っていた洋楽のレコードを聴いて育ち、音楽に目覚めていく。中学時代にはラジオから流れるレイ・チャールズやリトル・リチャードといった黒人の音楽に興味を持ち、ある時、ラジオから聴こえてきた新しい音楽に衝撃を受ける。それは「ザ・ビートルズ」。

 1968年、鮎川さんは九州大学への入学と同時にバンド活動を開始。大学在学中の70年に結成したロックバンド「サンハウス」の音楽は、次第に全国に知れ渡るようになり、75年にメジャーデビューを果たす。番組では、当時の貴重なライブ映像でサンハウスの代表曲「レモンティー」を紹介する。

 サンハウスで演奏していた鮎川さんの追っかけだったというシーナさん。鮎川と結婚し、当初は普通の主婦だったが、78年、上京後に結成したシーナ&ロケッツでボーカルを務め、ロックを志す女性たちにも影響を与える存在となっていく。

 昨年9月、東京・日比谷野外音楽堂で結成35周年の記念ライブを行ったシーナ&ロケッツ。しかし、そのライブの前に、シーナさんは末期のがんと診断されていた。シーナさんはなぜ、がんの治療を行わず、ライブを選んだのか。その時、鮎川さんは何を思ったのか。

 今年2月、シーナさんが旅立った病室には、2人が作ってきたロックが流れていたという。「ROKKET RIDE」を聴きながら息を引き取ったと伝わるが、「パソコンのランダム演奏で、『ROKKET RIDE』と『YOU MAY DREAM』の2曲が続いて流れた」と改めてシーナさんと過ごした日々を言葉で語る鮎川。司会のフリーアナウンサー・進藤晶子と、作家・演出家の鴻上尚史氏が、鮎川夫妻の熱く激しいロックな人生に迫る。



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