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前園真聖氏、しくじり先生として1年半前の謝罪会見を分析

 元サッカー日本代表で解説者の前園真聖氏が、テレビ朝日系で20日放送される『しくじり先生 俺みたいになるな!!〜失敗人生!ちょっと待って3時間SP〜』(後7:00〜9:48)に、しくじり先生として教壇に上がることが9日、わかった。前園氏の“しくじった”経験といえば、2013年10月、酒に酔ってタクシー運転手相手に起こした“あの”トラブル。その真相を正直に告白し、謝罪会見のVTRを自ら振り返った前園氏は「あの時のことはちゃんとお話ししたいと思っていたので、自分の言葉で精一杯、話をさせていただきました」とスッキリした様子だった。

 前園氏は高校サッカーの名門、鹿児島実業高校で全国大会準優勝。高校在学中の18歳のときに横浜フリューゲルス(現・横浜F・マリノス)とプロ契約を結び、20歳のときに日本代表に選出された。1996年、アトランタオリンピック予選のサウジアラビア戦で2ゴールを決めて日本を28年ぶりにオリンピック出場へと導き、国民的ヒーローに。さらに、その五輪でキャプテンを務め、日本が強豪ブラジルを撃破した“マイアミの奇跡”の立役者となった。97年にはなんと6本のCMにも出演し、当時のCM出演数ランキング2位を獲得している。

 ところが、国外移籍のことでクラブともめ、97年にヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)に移籍。以降、ブラジルや韓国、J2のチームを転々とし、2005年に31歳の若さで現役を引退する。サッカー解説者としてのメディアでの活動などと並行して、少年サッカーの指導にも携わっていたが、警察沙汰になるトラブルを起こし、まさに絶頂から転落した過去を持っている。

 授業では、サッカーしか知らなかった鹿児島育ちの素朴な少年が、華やかな横浜に移り住んだことを機に、バネのように一気にハジケてしまい、チャラい男=“チャラ園(チャラゾノ)”に変わってしまうまでを、自ら“バネ園(バネゾノ)の法則”と名付けて分析。“ムチャ=カッコイイ”と考えて調子に乗っていた頃のエピソードも激白し、夜な夜なディスコで実践し、“夜のストライカー”の異名をとったナンパ術も実演つきで伝授する。また、“マイアミの奇跡”をともに経験した中田英寿氏と自分の違いはどこにあったのかも、冷静に解説する。

 前園氏は「サッカーについての講義で教壇に立ったことはあるのですが、自分のしくじりを踏まえて授業をするという経験はもちろん初めて! 本当に素晴らしいチャンスをいただきました」と話したが、出演に至るまでには葛藤もあった。「番組からオファーをいただいたとき、今の自分がこのタイミングで先生として皆さんにお話しするのはまだ早いのではないかという思いがあり、“もう少し待っていただきたいです”とお伝えしました。ですが、スタッフの方たちに今だからこそ経験を踏まえてお話ししてほしいと再度依頼を受け、出演を決意しました」と明かしている。

 “絶頂から転がり落ちた先生”として授業を行った前園氏は、「しくじりを経験したからこそ、気づいたことがボクにはあります! しくじりは誰にでも起こりうること。そして調子がよいときは、大事な答えを見失うことが多いものです。授業の中で何かひとつでも視聴者の皆さんの胸に響いて役に立つことがあればうれしい」と、この春、新生活をスタートさせた人たちにエールを送っていた。



関連写真

  • テレビ朝日系バラエティー『しくじり先生 俺みたいになるな!!』4月20日放送回に出演する前園真聖氏(C)テレビ朝日
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