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土田晃之がひな壇で培った話術「自己プロデュースです」

 お笑い芸人の土田晃之(42)が、著書『納得させる話力』(双葉社刊)をきょう23日に発売する。ガンダム、サッカー、家電など知識の豊富さと安定感のあるトークで知られ、バラエティ番組で強い存在感を示し続ける土田だが、若手時代は「欠点が山ほどあった」というほど悩んだ時期もあった。MCやひな壇芸人としてさまざまな番組で重宝される土田に、“話し上手”に見える技術を聞いてみた。

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 土田は2001年にお笑いコンビ・U-turnを解散し、ピン芸人に転向。その後リポーターとして番組出演をこなしていたが、ロケ移動の多さなどがストレスの原因となり、十二指腸潰瘍を患った後にリポーターの仕事を辞めて「スタジオだけの仕事に絞る」と決断。「スタジオの仕事がなくなったらお金がなくなるので、自分に逃げ道をなくした」とひな壇芸人として活躍するようになる。

 「もともと元気があったほうじゃない」とリアクション芸よりトーク力の向上を決意したといい、「トークはどこに目をつけるかが大事だと思いますけれど、普通の人よりはお笑いを見てきていたので、昔からそういうのがわかる。あとは、面白い話でも『すっごい面白い話があって』っていうバカなフリはしない。そういうところが普通の人よりはもとからあったのかなと思います」と話す。

 落ち着いた声のトーンに、聞き手が調度良いと思えるしゃべりのスピード。特に間が大事となるしゃべりのスピードは、身に付けるまで努力を重ねてきた。「若手の頃は、ネタもトークも全てに悩んでいました。どの職業でも一緒ですけれど、各々が努力して自分の欠点を直すのもセンスだし、いいところを伸ばすにしても自己プロデュースです」。

 当時の欠点については「山ほどあった。例えば、しゃべっていると興奮していって間が悪くなる。焦ると早口になって、視聴者が『この人早口だな』って思った時点で話が半分入ってこない。若手とかが視聴者からテンパってるなって思われるのは大きな損です」と落ち着いて話す。解決策として「もっとゆっくりしゃべろうかと。それができるようになったときに、最後のオチに行くまでの細かいディテールがいらない、それをなくす。でも、今度はなくし過ぎて話が伝わらないから…っていう風にちょっとずつ直していきました」と振り返る。

 「番組で自分のしゃべる姿を見て『うまくしゃべれたな。違う番組ではこうしゃべろう』って思うけれど、そのときの空気感もあるので、ほかの番組では全く同じようにしゃべらないです。しゃべっている最中にお客さんの感じとかに合わせて変えてしゃべられるようになったのは、35歳のときですかね」。

 “35歳”という年齢は、自身が一番成長を実感していた年でもある。「一番、言葉が瞬時に出てきたときです。ひな壇で話し始めるときの『いや、でも〜』って言うときも、実は言い出しのときはまだ何も思いついていなかった。話し出してからこの話をして最後にこう落とそうっていうのを考えながら、噛まずにスラスラしゃべれた。それが段々おっさんになってきて、今は『あー、ほらあれ…』っていう単語が出てこない感覚。オンエアを見ると意外としゃべっていますが、あのときの感覚とは違うなって思う」。

 その時期を経て、現在は「しゃべっているときに『最後に言うあの言葉何だっけ』って思うことがある。若い頃はスパンって最後の単語が出てきますが、今はしゃべりながら『もうすぐ話が終わっちゃう、何て言えばいいんだ』って思って、最後にふわっと普通の話をしていましたっていう“ごまかし”をしていたりする。最初から面白い話なんかしていませんよ、ただの情報ですっていう顔をしています」。成長の時期は過ぎたと遠い目をしつつ、現在も新たな“話力”を身につけ続けている。



関連写真

  • “話し上手”に見える技術を明かした土田晃之 (C)ORICON NewS inc.
  • 著書『納得させる話力』が23日発売
  • インタビューに応じた土田晃之 (C)ORICON NewS inc.

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