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明石家さんま、50代で初めて感じる芸人としての衰え

 お笑い芸人・明石家さんまが、ABC朝日放送のなるみとナインティナイン・岡村隆史の番組『なるみ・岡村の過ぎるTV』(毎週日曜 11:15〜深0:10 ABC)にゲスト出演。「永久保存版!明石家さんまマル秘伝説 デビューからひょうきん族まで!青春の大阪時代をしゃべり過ぎるSP」と題し、来年1月11日・18日の2週にわたってさんまがしゃべり倒す。

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 番組では、さんまにとって青春の大阪時代をプレイバック。当時を知る師匠や先輩、後輩たちに取材した“証言”を交えながら、さんまが芸人の道を歩み始めたきっかけから、『オレたちひょうきん族』で全国的なスターになるまでの、大阪で過ごした若手時代の数々の伝説を一挙紹介する。

 “お笑い怪獣”とも言われるさんまだが「最近は衰えを感じるようになったから、岡村たちに任せたいという気持ちにもなってきた」と、50代になって初めて感じた芸人としての衰えについても語る。結婚についても「オレは幸せをつかめないタイプ」と、女性との付き合いが長続きしない理由を自己分析した。

 さんまは、18歳で笑福亭松之助師匠に弟子入り。「笑福亭さんま」として、半年もしないうちに初舞台を踏んだ。「初舞台では緊張で頭が真っ白になって、ネタをやり直した」と話し、「さんまさんでも!?」となるみと岡村を驚かせる。19歳で「明石家さんま」に改名。20歳の時に念願のテレビデビュー。初めて出演したテレビ番組『11PM』(日本テレビ)では、藤本義一に怒られるものの、横山やすしには気に入られるという、ある意味、ラッキーなデビューを飾る。

 その後、人気番組『ヤングおー!おー!』(MBS)に出演し、一気にスターダムへ。さらに、24歳で歌手デビュー。「歌が下手すぎて、オレと紳竜(島田紳助・松本竜介)は歌のレッスンに行かされた」といい、「一度だけ人前で歌ったことがあって、そのときのゲストが大竹しのぶだった」と、偶然の初共演を明かす。

 テレビの世界でゆるぎない地位を確立したさんまは、落語家引退を決意。25歳の時には、芸人が雑誌の表紙を飾ることなどなかった時代に、松田聖子と『週刊明星』(集英社)の表紙を飾った。さらに、伝説となった『オレたちひょうきん族』に出演。お笑い界のスーパースターとなっていくが、番組は8年で終了。「番組を終了するか、続けるかはオレに託されていた」というさんまが番組の終焉(えん)当時を明かす。「でも、土曜の夜8時は岡村が大事にしてくれてる」とうれしそうに話していた。



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  • 2015年1月11日・18日、ABC朝日放送の『なるみ・岡村の過ぎるTV』に明石家さんまがゲスト出演(C)ABC
  • 2015年1月11日・18日、ABC朝日放送の『なるみ・岡村の過ぎるTV』に明石家さんまがゲスト出演(C)ABC

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