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グラミー賞受賞作を手がけた 日本人サウンドエンジニア

 大学卒業後、2005年に渡米。多くのハリウッド名門レコーディングスタジオで様々なプロジェクトに携わり、頭角を現した日本人サウンドエンジニア、Sadaharu Yagi氏。ドラコ・ロサのアルバム『VIDA』を手がけ、エンジニアとして13年度の第14回ラテン・グラミー賞の最優秀アルバム賞を受賞。同作品は第56回グラミー賞でも最優秀ラテン・ポップ・アルバム賞を受賞する栄誉に輝き、一躍注目を集める存在となった。海外に活動の場を求めた理由、日本と欧米のレコーディング環境の違い、そして、日本の音楽シーンは海外からどのように見えているのかなどについて、率直な意見を聞いた。

Sadaharu Yagi氏

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■エンジニアに必要なのは知識や技術の前にグルーヴ感


――まずは、2013年のラテン・グラミー賞(2000年に始まったラテン・ミュージックによるグラミー賞)の最優秀アルバム賞に輝いたドラコ・ロサのアルバム『VIDA』(同作品は14年グラミー賞でも最優秀ラテン・ポップ・アルバム賞を受賞)の制作について聞かせてください。

Yagi「この作品は、ほぼドラコのスタジオでレコーディングしました。彼の20数年のキャリアの中から、16曲をセルフカバーしたアルバムで、曲によってはオリジナルをフィーチャーしたり、アレンジを変えたりと、1曲1曲、議論しながら録っていきました。そのうえで、これまでとは違うアプローチとして、アナログ・シンセサイザーを大胆に取り入れたんです。ただ、彼はシンセ・プレイヤーではありませんから、彼のツアー・メンバーと僕の3人で、1音1音を作っていきました」

――ご自身としては、エンジニアとしてどういった点が、ドラコから評価されたと感じていますか。

Yagi「こう言うと、あまり芸術的には聞こえないかもしれませんが、きっと仕事がやりやすかったのだと思います。これはドラコに限らず、アメリカ全般でそうなのですが、どれだけ技術を知っていて、機材を語れるかは、現場ではあまり問われません。それよりもむしろ、いいグルーヴを作るために、アーティストが欲しがる音を作り、最高のパフォーマンスを引き出すことが、エンジニアの腕でもあるんです。例えば、この声には違うマイクの方が合うと感じても、シンガーの気分が乗っている時に、それを止めてマイクを変えるのは正しい判断なのか? 僕は、ブレイクを入れることで、シンガーの気分が下がってしまうのであれば、そのままのマイクでベスト・パフォーマンスを録ることがプロの仕事ではないかと考えます。もちろん、最善の努力を尽くして、ベストな機材を使うことが前提ですが、根本はパフォーマンスにありますから」

――必然的にエンジニアのこだわりどころも日米で変わってきますか。

Yagi「例えば、日本でアコースティック・ギターを録音すると、弦を押さえる指をスライドした時の音を、エンジニアがカットしようとするんです。でも、僕からすると「それが(アコースティック・ギターの)味でしょ?」と思う。それは、楽器の生音が分かっていれば、スライド音が入っている方がいいよね、ってことが分かるはずで、生音を知っているかどうかの違いは、とても重要です。アメリカでは、エンジニア専業という人は少なくて、エンジニアもミュージシャンであり、ミュージシャンとしての視点を持ったうえで、エンジニアリングを行っています。つまり、楽器の生音を知っていることや音楽への理解はスタート地点であり、そのうえで知識を積み、技術を磨くことで、初めて「君の技術を活かしてくれ」となるわけです」

――そういった考え方は、海外での経験から得た部分が大きいと思いますが、そもそも05年に九州大学音響設計学科を卒業して、すぐに渡米した理由は何でしたか。

Yagi「元々影響を受けた音楽は海外のものが多かったですし、最初はロンドンも考えましたが、ロンドンはヨーロッパの中心であって、ロンドンで成功した人は、必ずアメリカに渡ります。それなら、最初からアメリカに行こうと思いました。それに、文化的な面からも、アメリカで音楽活動を行うメリットを感じたんです」

――文化的な面とは具体的にはどんなことでしょうか。

Yagi「例えば、60〜70年代のロックの歴史は、その時代を象徴するものとして、ウッドストックの映像も含めて、国立の博物館に“国の文化遺産”として保存されているのです。僕も音楽を作るなら、そういう形で文化を守るアメリカで、そのように保存されていくものを作りたいと思ったのです。聴き手の環境に合わせて音楽の作り方を変えることはない」

――現在の日本では、商業スタジオが減り、ホーム・レコーディングによる制作が増えていますが、アメリカではどうでしょうか。

Yagi「ある程度は同じです。ポップな音楽や、コンピュータのグルーヴで問題ない楽曲なら、音源を使って自宅で制作している人もいます。ただ、ことロックにおいては、少なくとも僕の周辺に、スタジオではなく自宅で録音しようと考える人はいません。いくら予算が厳しくても、ビルを建てる際に、鉄骨を安く抑えようとは考えませんよね。ロックは、ドラム、ベース、ギターがあってこその音楽ですから、そこでロックの骨格と成りうる太い音が録れないのであれば、もう作らない方がいいというくらいの感覚だと思います」

――なるほど。そうやって作った楽曲の聴かれ方ですが、今のアメリカでは配信がメインとなっています。

Yagi「一時期はCDパッケージと配信の売上は拮抗していましたが、今や完全に配信に塗り変わっています。なかでもSpotifyのパワーがすごいですね。パッケージでは、日本はCDに握手券といった付加価値を加えることによって売上が保てているところがありますが、アメリカでは、付加価値を加えたコレクターズ・アイテムとしてヴァイナル(LP盤)が好調です。元々アメリカでは、アナログレコードに対して敬意を払う歴史があるからでしょう」

――日本では“ハイレゾ”が新たなブームとなりつつありますが、アメリカではどうでしょうか。

Yagi「一般リスナーで、そこに気をとめている人間がいるかどうかは正直言って疑問です。アメリカは、日本ほどインターネットが高速ではありませんし、国土が広いこともあってインフラの整備にもお金がかかりますから、ハイレゾ・サービスの浸透は、インフラが整っている日本の方が速いように思います。ただ、音楽を作る側は、そこに影響されている場合ではなくて、再生環境がどうなろうが、ジミ・ヘンドリックスがいい音楽を作ってきたように、自分たちもいい音楽を作り続けようという意識が強いので、聴き手の環境に合わせて音楽の作り方を変えることはありません」

■日本人の音楽は海外で通用しないわけではない

――海外で活動されているYagiさんの目には、日本の音楽シーンはどのように映っていますか。

Yagi「確かに、アメリカで受けているアーティストもいますし、海外でライブを行って、大きな会場を埋められるのは、率直にすごいことだと思います。ただ、そのファン層を見ると、アニメのキャラクターのように髪を染めた10代の女の子が多く、特定のターゲットには確実に届いているものの、それが10年後に、例えばザ・ストロークスらと並ぶ存在となっているかと言われると、それは疑問です。僕が住んでいるLAでも、かなりの人が集まる『アニメ・エキスポ』が開催されています。そういったジャンルをターゲットにしたビジネスモデルはあっていいし、それが戦略であるならば、完璧に成功していると言っていいでしょう。ただ、そのマーケットと、日頃からミューズやコールドプレイを聴いている層とは、まったく違うわけです。つまり、クール・ジャパンと呼ばれて日本からやってくる音楽や文化は、残念ながら、アメリカにおける世界のアーティストと対等な形で、メインストリームに入ってきているわけではないのです」

――アニメ的なジャパニーズ・カルチャーが、メインストリームに入れない理由は何だと感じていますか。

Yagi「海外から見ていると、日本人が仕掛けてくるものは、音楽とは関係ない部分で注目してもらおうという要素が強いため、どうしても“色モノ”的に見えてしまうんです。だから、純粋に音楽だけで勝負する気があまりないように受け取られてしまいがちです。たぶん、重きの置き方がちょっと違うのではないかと思うのですが…。ただ先日、『出れんの!? サマソニ!?』(都市型フェスティバル「SUMMER SONIC 2014」への出演権を賭けたオーディション)という企画があることを知り、試しに100バンドほどチェックしてみたら、誰かが上手くプロデュースすれば、どこに出しても通用するのではないかと思えるカッコいいバンドがいくつかありました。だから、日本人の音楽は海外で通用しないわけではなくて、カッコよくて、センスのいい音楽は実はあるんですよ。ただ、それが今の国内ビジネス・ベースに乗らないということなのでしょうね。そういったバンドは、海外で活動した方が将来性があるのではないかと思いました」

■自分の立ち位置を理解すれば対等に世界で勝負できる

――では、クリエイターが海外で活動しようとする際に、必要なことは何でしょうか。

Yagi「音楽であれば、とにかく世界中の音楽を可能な限り聴くことだと思います。そうすることで、音楽の解釈や理解も深まりますし、耳や感性が育ちますし、何よりも自分の立ち位置が見えてきます。そうすれば、日本人も対等に世界で勝負できると思っています。80年代のU2の楽曲は、バグパイプの音も使われていて、完全に教会音楽ですよね。アイリッシュの独特なフレーズは、アメリカ
にはないものです。だからこそ、アメリカで受けたわけですし、アイスランドという国の思想や文化を鮮明に反映したビョークの音楽は、英米にはない独特のテイストを放っています。同じように、三味線や琴でロックをやる日本人がいていいと思うんですよ。でも実際には、「ロックに三味線はあり得ない」となってしまうか、あるいは、三味線を手にした瞬間に、袴姿で色モノ的な方向に行ってしまうかのどちらかになってしまう。そうではなくて、もっとスムーズに、日本独特の音を出していくことができればいいのに…。三味線は古臭い、スタイリッシュじゃないと思うのは、自分がその文化の中で育っているからであって、海外から見たら、非常に魅力的に映るんですよ」

――海外からの視点ということで考えると、2020年に開催される東京五輪の開会&閉幕セレモニーで、世界に向けてどんなステージを披露するのかは、大きな課題ですね。

Yagi「本当にそう思います。自国の文化や歴史を打ち出す、最大の国家マーケティングの場ですから。そこで、お茶の間文化を披露するわけにはいきません。僕のセレモニーのイメージを挙げるとすると、20年ほど前に遡りますが、1994年にユネスコ主催の「GME’94 あをによし」というイベントが開催されました。奈良・東大寺の前で、ジョニ・ミッチェルやボブ・ディラン、ジョン・ボン・ジョヴィ、インエクセスといった世界のアーティストと、日本の和太鼓が共演しています。その様子はYouTubeで見ることができますが、そこに付いているコメントが「スゴイ!」というものばかりなんですね。こういった組み合わせは、西洋人には絶対に真似できないもの。そういう意味で、この映像はヒントになるのではないでしょうか」
(ORIGINAL CONFIDENCE 14年7月28日号掲載)

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