ORICON STYLE

2006年12月27日
SPECIAL INTERVIEW
BY PHAR THE DOPEST
KREVA×CUEZEROによるあの伝説のユニットが復活!!
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1. コメント映像 PLAY
2. PV「恥じゃない」 配信終了
3. PV「だからどうした〜あ Let's go〜」 配信終了

動画はWindowsMedia Playerで御覧になれます。

KREVA×CUEZEROによるユニット、BY PHAR THE DOPEST(以下BPTD)が実に8年ぶりとなる新作「だからどうした!」をドロップ。1976年の音源をサンプリングしたトラックと“10才のときに出会ってから、20年の付き合い”というふたりのフロウの融合は、日本のHIP HOPに新しい衝撃を与えることになるだろう。 生まれた年の音源をサンプリングするっていうアイディアは、画期的

――BPTDをこのタイミングで復活させようと思った理由は?
【KREVA】
 1976年のミックスCDを作ったのがきっかけなんですよ。新しい切り口を探してたときに、“自分の生まれ年のレコードを集めるのって、おもしろいかも”って思いついて。

――「だからどうした!」でも、1976年の音源をサンプリングしてますよね。
【KREVA】
 これだけ情報があって、“なんでもアリ”になっちゃってるから、逆に“しばり”を作っちゃうのもおもしろいかなって。一番いいのは、とんでもなく広い場所を使った放牧だと思ってるんですよ。いきなり“どこに行ってもいいよ”って言われると困っちゃうけど、北海道くらいの土地のなかで、“このなかで遊んで”っていうのはすごくいいでしょ。
【CUEZERO】 生まれた年の音源をサンプリングするっていうアイディアは、画期的ですよね。古い音源を使って、めちゃくちゃ新しいサウンドを作るっていう。
【KREVA】 うん、歴史に残る偉業だと思う。だからタイトルは『だからどうした!』なんですけどね。1976年っていうことだけをウリにしてもしょうがないので。

――資料にサンプリングのネタが公開されているのも驚きました。
【KREVA】
 日本っておそらく、世界で一番レコードが集まってるんですよ。サンプリングのネタを教えると、“あ、この曲を使ってるんだ”ってわかるじゃないですか。
【CUEZERO】 それで、レコード屋でチェックしたり。そういう楽しみ方も教えてあげられるといいなって。
【KREVA】 (「YEAAAH!」で使われている)「PLAY THAT FUNKY MUSIC」なんて、たぶん300円くらいで売ってるんじゃないかな。まあ、俺たちが使ったことで、値上がりするかもしれないけど。

――ありえますね、それ。ふたりでリリックを書く作業はどうでした?
【KREVA】
 同じ部屋で顔を突き合わせながら書いたんですけど、“ゲラゲラ”が多かったですね。たとえば「YEAAAH!」っていう曲は、俺が“理想を箇条書きする”っていう方法を思いついたんですよ。“集合時間が適当。いいねえ〜”とか(笑)。それに反応して、CUEが投げ返してきたりとか。
【CUEZERO】 KREVAのスタジオって、その場でラップができちゃう空気があって、それもすごく良かったんですよ。とにかく刺激的だったし、成長もしたし。

叙情的なテーマをウソっぽくなくやれるのも強み

――20年来の友達ということは、おもしろいと感じる部分も共通しているだろうし。
【KREVA】
 「ファット坊や」なんて、共通の友人のことを書いてますからね。
【CUEZERO】 ホントに太ってたんですよ、そいつ(笑)。でも、ツボは似てますよね、確かに。
【KREVA】 『とんねるずのみなさんのおかげです』を観て、死ぬほど笑ったりしてたし。
【CUEZERO】 学校からの帰り道も一緒ですからね。同じ団地に住んでたので。
【KREVA】 叙情的なテーマをウソっぽくなくやれるのも、BPTDの強みかも。リアルに語ればいいわけだから、夕焼けの風景を。

――「だからどうした!」はまったく新しい方法論を提示したアルバムになりましたね。
【KREVA】
 うん、どんどんマネしてほしいですね。1980年代生まれの人がエイティーズの音源だけを使ったりすると、おもしろそうだし。俺らもね、いろんなアイディアがあるんですよ。1976年に発売された1枚のアルバムを取り上げて、それを全部サンプリングしちゃうとか。
【CUEZERO】 うん、やれることはたくさんあると思う。

――楽しみです。ちなみにロナウドも1976年生まれだって知ってました?
【KREVA】
 あ、そうなんだ?マリノスの久保とセレッソの西澤が俺とまったく同じ誕生日なんですよ、1976年6月18日。しかもこの2人、日本代表でツートップだったことがあって。

――おお、すごいっすね。
【KREVA】
 なんか嬉しかったです。(文:森朋之)

RELEASEPRESENT

だからどうした!【初回限定盤】
BY PHAR THE DOPEST
2006/12/31[アルバム]
\3,360(税込)
BMG JAPAN
BVCR-18091/2
CDを購入する

だからどうした!【通常盤】
BY PHAR THE DOPEST
2006/12/31[アルバム]
\3,059(税込)
BMG JAPAN
BVCR-11100
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PROFILE

1995年、小学校からの幼なじみだったKREVAとCUEZEROで、BY PHAR THE DOPESTを結成。
1997年、1stシングル「切り札のカード」をリリース。
1998年6月18日、アルバム『BY PHAR THE DOPEST』をリリース。
今や伝説のユニットとして名を刻みつつも、自らの視野を広げる為、ユニットとしての活動を停止。KREVAはKICK THE CAN CREWを結成し、CUEZEROは米国・ニューヨークへ単独渡航。
以降、KREVAはKICK THE CAN CREWメンバーとして、「クリスマス・イブ Rap」 「マルシェ」等、ヒット曲をリリース。
2004年6月、各自ソロ活動に専念すべく、KICK THE CAN CREWの活動を休止。
2004年9月、メジャー1stソロシングル「音色」をリリース。
2006年2月リリースのソロ2ndアルバム『愛・自分博』では、HIP HOPソロアーティストとしては史上初の初登場1位を獲得。
一方CUEZEROは、1年近い武者修業の後、日本へ戻りソロラッパーとして活動再開。
2001年1月にアルバム『ZERO』をリリースした後、CUEZEROとG.M-KAZによるインディーズレーベル・RED ZONEを立ち上げ、シングル「ココカラ」 「イーゼ」をリリース。
2003年リリースのアルバム『CUEZERO THE WORLD 秋の祭典』、2004年リリースのアルバム『3分クッキング』では、KREVAがプロデュースやfeaturingで参加。
2006年12月6日、シングル「恥じゃない」でBY PHAR THE DOPESTの活動を再開。
2006年12月31日、アルバム『だからどうした!』をリリース。 オフィシャルサイト

【過去の特集】
■シングル「THE SHOW」インタビュー
 『「THE SHOW」は、オーディエンスへの想いを描いた胸に迫るナンバー』(2006/11/01)
■シングル「Have a nice day!」インタビュー
 『夏の爽快感と裏腹に哀愁あふれる ほろ苦サマーチューン』(2006/08/02)
■シングル「国民的行事」インタビュー
 『あの名曲をトラックに!天使のKREVA、悪魔のKREVA?』(2005/12/07)
■シングル「スタート」インタビュー
 『ソロ1周年記念に衝撃の新曲発表?』(2005/09/07)
■シングル「イッサイガッサイ」インタビュー
 『これがホントの真夏のHIP HOPチューン!』(2005/06/15)